出産可能な年齢のウイグル族女性3割に強制不妊手術……中国当局が進める「民族浄化」の戦慄の実態を告発する(インタビュー・構成=安田峰俊)
ゼンツ氏
弾圧問題の根拠
「2018年春から、産児制限政策への違反(子どもの産みすぎ)を理由とした、ウイグル族女性の強制収容が急増しました。ある県の2018年の政府活動報告には、過去2年間で自然人口増加率が83%も低下したという記述すらみられます」
「あまりに急激な減少なので、理由は産児制限だけではないのではないか。そう考えて調査を進めたところ、少数民族の出産の防止を目的にした、体系的かつ国家的なキャンペーンがあることに気づきました」
Zoomの画面の向こうでそう話したのは、ドイツ出身の人類学者であるエイドリアン・ゼンツだ。
近年、世界的な注目を集めているのが、中国の新疆(シンジャン)ウイグル自治区における少数民族弾圧問題である。新疆は中国西北部に位置し、ウイグル族をはじめイスラム教を信仰するテュルク(トルコ)系の少数民族が数多く暮らしている。
遠いシルクロードの民族問題とはいえ、いまや日本とも無縁ではない。米・英・カナダなどの各国は新疆問題を理由に、来年2月に開催される北京冬季オリンピックのボイコットや開催地変更を匂わせている。日本でも7月20日、自民党外交部会の会合で同様の議論が出た。
西側諸国が敏感に反応する一因は、100万人以上の規模とされる「職業訓練センター」(再教育キャンプ)への強制収容、女性への強制不妊手術の実施、綿花の収穫現場などにおける強制労働——といった、現地の悲惨極まりない実態が、2019年の春ごろから英語で立て続けに報じられはじめたことにある。
一連の報道の根拠となったのが、ゼンツの学術研究である。
彼は1974年生まれのドイツ人で、もとは現代チベット社会の研究をおこなっていたが、近年になって、同じく中国の統治下にある新疆に研究対象をスライドさせた。現在はアメリカに在住し、共産主義犠牲者記念財団(後述)の上席研究員を務めるほか、西側諸国の国会議員からなるIPAC(対中政策に関する列国議会連盟)の顧問でもある。
ゼンツの研究内容は、CNN、BBC、ドイツの国際放送「ドイチェ・ヴェレ」など、欧米各国の大手メディアでしばしば紹介されている。いっぽう、中国からは蛇蝎のように嫌われていることは言うまでもない。
本誌では今回、新疆問題のキーマンであるゼンツに、単独インタビューをおこなうことに成功した。
ゼンツの研究
1300施設以上の強制収容所
――少数民族の大規模な強制収容の可能性が指摘されたことで、アメリカや西側諸国の対中姿勢は大きく転換しました。どのような手法で実態を解明したのでしょうか?
ゼンツ ウイグル族の行方不明者が増えているという情報を得ました。しかし、当然ながら正確な人数がすべて記されている資料などはありません。そこで、中国国内の数万件の行政文書、建設資材や物資調達の入札情報、予算や求人に関する情報、さらに現地の報道など、公開情報を中心に複数の資料に当たり続けて、全容をつかんでいきました。
さまざまな情報をジグソーパズルのように組み合わせ、再教育キャンプの広がりとその規模を推定していく手法です。探偵さながらですよ。さいわいにしてうまくいきました。
――そうした調査手法を、なぜ思いついたのでしょうか?
ゼンツ 私はもともと、現代チベット社会におけるマイノリティ教育の研究をおこないケンブリッジ大学の博士号を取得しています。チベットにおける教育政策や少数民族政策の実態を把握するのに役立ったのが、公的機関の求人広告だったのです。これは中国国内の研究者ですら分析対象にしてこなかったデータなのですが、極めて有用でした。
この手法を用いたチベット社会の研究がうまくいったので、次に同じ少数民族地域である新疆についても、同様の研究手法で分析してみることにしたのです。最初におこなったのは、新疆の警察と治安部隊(武装警察)についての、何百~何千件もの求人広告の分析でした。
結果、現在の新疆のトップである陳全国(チエンチユエングオ)のもと、警官の大量採用がおこなわれていることが判明しました。すなわち、チベットにおける5年間の採用数と同じ人数の警官が、新疆ではたった1年で採用されていたんです。巨大な警察社会が作られていることがわかりました。そんな社会のなかで、再教育キャンプへの強制収容が大々的におこなわれていることも見えてきたのです。
――機密性の高い問題でも、公開情報から実態は見えてきますか。
ゼンツ (習近平体制がまだ固まりきっていない時期の)2013~16年ごろですと、現地当局が比較的正直に再教育キャンプの存在について記した資料が存在しています。
また、アメリカの放送局RFA(自由アジア放送)が新疆の警察署に直接電話取材をおこなって得た数字と、亡命ウイグル人が持ち出した新疆の党政治法政委員会の機密文書などの数字を突き合わせ、収容者数を割り出すこともおこないました。
再教育キャンプの建設や拡張は2017年春から活発になりました。2019年に私が論文を執筆するまでに、新疆全体で1300~1400施設が作られ、100万人以上が収容されたとみられます。
――かなり衝撃的な数字だと思います。西側の研究者から、学術的な反駁はありませんでしたか?
ゼンツ ありませんでした。むしろ、時間の経過とともに論文の結論が補強されたくらいです。2019年に入手した内部文書からは、ウイグル族の人口の何%くらいが再教育キャンプに入れられているのかもわかるようになりました。また、自治区だけでなく各市や県など、さまざまなレベルの地方政府(日本の地方自治体に相当)に再教育キャンプが存在することも明らかになりました。
強制収容所とされる施設
衝撃の内部文書流出
ゼンツはまもなく、公開情報のみならず中国の機密文書も資料として活用していく。それを支えたのが、2019年以降に活発化した、新疆の実態を暴露する内部文書の流出ラッシュだ。
なかでも、同年11月に『ニューヨーク・タイムズ』がスクープした、ウイグル族弾圧を指示した習近平の秘密演説などを含む400ページ以上の内部文書、同じ月にICIJ(国際調査報道ジャーナリスト連合)が公開した再教育キャンプの運営方法などが記されている「チャイナ・ケーブルズ」、さらに新疆南部のホータン地区カラカシュ県(和田(ホオティェン)地区墨玉(モーユイ)県)におけるウイグル人強制収容者の個人情報などが含まれた「カラカシュ・リスト」の3文書は、分量・内容・信頼性のすべての面で重要な流出データだ。
流出したリストの一部
――「カラカシュ・リスト」はあなたが2020年2月に発表した論文で詳しく検討され、BBCなどでも大きく報じられました。
ゼンツ 「カラカシュ・リスト」は137ページにおよび、ウイグル族の2802人の成人と未成年者数百人の個人情報が含まれています。うち、311人については再教育キャンプに抑留された理由が記載されています。解放の有無やその過程についての記録もあります。収容された人の思考の変化が何度もチェックされ、本人の行動や家族・地域に対する態度なども書き留められていました。再教育キャンプへの強制収容制度がどのように機能しているのかがわかる資料です。極めて興味深いものでした。
――他に得られた成果は。
ゼンツ 陳全国のもとでおこなわれる再教育キャンプへの強制収容政策が、2017年の旧正月後(2月上旬以降)に開始されたらしきことが推測できました。また、計画自体は前年の2016年3月に決定されたと結論づけました。このとき、当時の新疆トップの張春賢(ヂャンチュンシェン)、赴任前の次期トップである陳全国、そして習近平が北京に集まっているのです。
――内部文書の流出経緯は?
ゼンツ 「カラカシュ・リスト」の出所は「チャイナ・ケーブルズ」と同一です。ともに新疆内部のある官僚から、オランダに在住するウイグル族の女性の手を経て流出しました。その官僚は「自分が今後も生きていればより多くのデータを提供する」と話していたとされますが、次の流出は確認されていません。中国当局に拘束された懸念があります。
弾圧を強める習近平
資料を突き合わせて検証
――文書を本物とみなす根拠は。
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source : 文藝春秋 2021年9月号