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【イベントレポート】「新規事業創出カンファレンス ビジネスの「新・領域展開」加速する製造DX ~新規事業創出、AI、サブスクリプション、データドリブンの視点~」

 文藝春秋新規事業創出カンファレンス「ビジネスの『新・領域展開』加速する製造DX」が7月13日(火)、オンラインで開催された。

 AI(人工知能)、IoT(モノのインターネット)など最新のデジタル技術が、新規事業創出、新たなビジネスモデル構築の可能性を広げるなか、製造業のDX(デジタルトランスフォーメーション)の方向性や推進施策についての知見や事例が紹介された。

基調講演 (AI、製造DX、新規事業創出)

 「ビジネスの新・領域」
~AI・ディープラーニングとビジネスモデルの融合で新規事業創出が加速する~

松尾さん㈰
 
東京大学大学院工学系研究科
人工物工学研究センター技術経営戦略学専攻 教授
松尾 豊氏

 ディープラーニング(深層学習)技術の革新によってブームを迎えているAI(人工知能)の第一人者で、その研究室からはグノシー、パークシャ(PKSHA)テクノロジーといった上場企業をはじめ、多くのスタートアップの起業家を輩出している東京大学大学院の松尾豊氏は、AIの実用化が着々と進んでいる現状を説明。AIの進展は「あらゆる産業に影響を及ぼす」と、企業にDX(デジタル変革)の推進やそのための意識変革を促した。

 顔認証で普及したAIの画像認識技術は、機械制御と組み合わせた活用が進んでいる。ドローンと組み合わせて農業の現場で雑草を認識してピンポイントで農薬を散布。食品工場では、劣化した野菜を色で認識して材料選別を自動化している。コミュにケーションに関わる自然言語処理では最近、人との違いを判別できないレベルの文章を生成するAI「GPT-3」が話題になり、その進展は「営業、人事など、あらゆる業務に影響を与える」と予想する。

 AIの影響は、人の仕事を奪うリスクが注目されがちだが、大きなチャンスでもある。歴史を振り返れば、技術の進展が、新たな産業、世界的企業を生み出してきた。「今後はAIによる機械制御がリアルな産業を変えていく。現場に強みを持つ日本企業にとっては世界的企業に飛躍する機会になる」と、AIを活用したDXの推進の重要性を訴えた。

松尾さん㈪
 

 DXにあたって日本企業は、単にデジタル化の遅れを取り戻そうとするのではなく、DXの目的を明確にして、究極形に進化する可能性も考えるべきだとする。その上で、まずプロジェクトを始める。デジタル部門トップを置く。教育で会社全体のデジタルリテラシーを高めて組織文化を変革する――などの施策を実行する。プロジェクトは、とりあえずやってみようという前のめりな姿勢や、部下の自由な意見に対する寛容さを持ち、収益化への明確なビジョンを備えたリーダーが必要だとして「このカンファレンスに参加した皆さんが主体となって変革を起こしていただきたい」と呼びかけた。

テーマ講演(1)

 「DX推進に必要な人材の多能工化」
~多能工化における三つの『壁』とその解決法~

島田さん㈰
 
株式会社スタディスト
Teachme Biz事業本部営業部フィールドセールスリーダー
島田 隆太朗氏

 マニュアルを簡単にわかりやすく作成するクラウド型ツール「Teachme Biz」(ティーチミー・ビズ)を提供するスタディストの島田隆太朗氏は、1人の働き手が複数のスキルを身につけ、複数の業務に対応できるようにする「人材の多能工化」がDX推進に重要だと訴えた。

 製造業は、品質、コストと共に、デリバリー(納期)の改善が競争力を支える。トラブルからの復旧時間を短縮し、機械稼働率を上げて納期を改善するには、あらゆる機械の操作・復旧作業を、すべての従業員ができるようにする多能工化がカギになる。

 その実現には、わかりやすく、再現性も高い標準作業の手順書を「作成」し、社内に「浸透」させて活用を促し、最適で最新の内容に保つ「改善」が必要だ。「Teachme Bizは、この作成、浸透、改善の3つの壁を乗り越えられる機能を備えている」。

 Teachme Bizは、手順の区切りを明確にして業務の流れを説明するステップバイステップの手順書を、画像や動画をメインに文字を少なくしたビジュアルベースで作成。ビジュアルをわかりやすくするため、画像に矢印などの図形、テキストを書き加える編集も簡単だ。作った手順書の活用を社内に浸透させるため、クラウド上に保存した手順書には、あらゆる場所・デバイスからアクセス、素早く検索でき、機械に貼ったQRコードから、手順書の該当箇所を読み出せるようにもできる。効率的な従業員研修を行うトレーニングコースの設計機能もある。改善の際は、手順書へのアクセスログのデータを参考にして、従業員のニーズに応じた改訂につなげられる。

島田さん㈪
 

 導入の注意点として、目的を明確にする。責任者を定める。現場に丸投げせず、経営層がコミットする。拙速を避け、小さな成功モデルを社内に広げていく――ことを挙げた島田氏は「既存人員の効果を最大化して、人口減少時代の人材不足に対応するため、多能工化の実現を」と呼びかけた。

特別講演 (DXの本質とビジネスモデル変革、共創、組織改革)

 「デジタル×共創によるビジネスと社会の変革」
~人、データ、組織風土を基点とした新・事業領域の共創~

久世さん㈰
 
旭化成株式会社
常務執行役員デジタル共創本部長
久世 和資氏

 昨年、IT企業から旭化成に移籍して、同社のDXを推進する久世和資氏は「DXには、人、データ、組織風土の3つが重要」と述べ、デジタルの導入、展開、創造のそれぞれのフェーズの取り組みと、その後に展望する “デジタルノーマル”の姿を紹介した。

「導入」期においては、3年前からAIや機械学習の予測モデルを使って材料開発などを高速で行うマテリアルズ・インフォマティクスの推進、現場作業員のQoW(Quality of Work、仕事の質)向上に繋げる作業姿勢のデジタル解析など、数百のプロジェクトを展開。デジタル人材育成のため、事業に即したオリジナル教材を使った研修や、ベテランが中堅・若手を指導するメンタリング制度も整えてきた。

「展開」期では、今春にデジタル共創本部を設立して、研究開発や生産領域が中心のDXを営業、企画、マーケティングなどバリューチェーン全体へ拡大する。デジタル活用の組織風土を醸成するため「デジタル人材4万人計画」と題して、全社員に一定のデジタル知識を理解してもらう学習機会を提供。独自にeラーニング講座を編成し、受講者にはスキルのデジタル証明書「オープンバッジ」を授与している。また、数多くの特許の領域をマッピングした「IPランドスケープ」で、知財情報から事業の強み、弱みを可視化して経営を支援する。DX推進のポイントとなるデータについては、データカタログを作成してどこにどんなデータがあるのかを把握。「テクノロジーの進化を予想してデータプラットフォームを構築する必要がある」とする。

久世さん㈪
 

 デジタルで無形資産を価値化する「創造」期は、新規事業創出に向けて、ユーザー視点で考えるデザイン思考と、アジャイル開発を組み合わせた「ガレージ手法」を導入。社外も含めた多様な人たちが集まって議論する共創の場「CoCo-CAFE」を開設して基盤を整えた。久世氏は「ユーザーや他社と連携するエコシステムを構築してDXを進め、みんながデジタルを当たり前に使いこなすデジタルノーマル期を迎えたい」と語った。

テーマ講演②

 「製造業サブスクリプション(リカーリング)ビジネス」
~継続的な成長へ向けた最適化と収益化のポイント~

桑野さん㈰
 
Zuora Japan株式会社
代表取締役社長
桑野 順一郎氏

 所有から利用へ、モノからコトへという消費の流れで、モノが売れにくい時代のビジネスモデルとして注目されているサブスクリプション(リカーリング)ビジネス。そのポイントを、クラウド型のサブスクビジネス管理プラットフォームを提供するZuoraの桑野順一郎氏が解説した。

 サブスクは5年ほど前から取り組む企業が増えてきたが、「売り切りから月額課金にしただけではうまくいかない。従来のプロダクト販売モデルとは異なる考え方を理解すべきだ」と強調する。サブスクビジネスは、顧客と直接つながることで、変化する顧客のニーズをとらえてサービスを進化させ続けて、より長く使ってもらうことで、時間×価格のLTV(ライフタイムバリュー)を最大化する。そこが、できるだけ多くの顧客に売ることで収益増を図ってきた従来モデルとは大きく異なる点だ。

 サブスクビジネスの製品開発は「社内でいくら検討しても顧客視点で100点満点の製品はできない」ので、アジャイル開発で一日でも早く市場に投入し、ユーザーのフィードバックを得て進化させる「永遠のベータ版」になる。

桑野さん㈪
 

 プライシングも、顧客の反応に合わせて最適化する。発売当初は、ベーシックプランの機能を限定して、安価にしたベーシックライトプランを設けたり、フリー・トライアルで価値を実感してもらい、新規顧客を増やす。その後は、既存顧客へのアップセル、クロスセルを推進して成長を図る。「1通りのプランしかないサブスクの増収手段は新規顧客獲得しかなく、プロダクト販売モデルと変わらない」として、複数プランを駆使し、コストがかかる新規顧客の獲得よりも、既存顧客から収益アップを図ることが重要と説明した。

 起業当初の小規模事業の段階では、顧客とつながっていた企業も、販路・商圏が拡大するにつれて顧客との直接の接点を失っていく。「その接点をテクノロジーで取り戻す顧客中心への回帰がDXの本質」とした桑野氏は「サブスクは必然の流れだ」と訴えた。

テーマ講演③

 「国内外の先進事例に学ぶデジタルトランスフォーメーション成功の要諦」

鹿内さん㈰
 
株式会社セールスフォース・ドットコム
インダストリーズトランスフォーメーション事業本部製造業担当マネージャ
鹿内 健太郎氏

 CRM(顧客管理)を中心にクラウド型システムを提供して、企業のDXを支援しているセールスフォース・ドットコムの鹿内健太郎氏は「DXの目的は、ビジネスモデルを変えて新しい価値を提供することにあり、新規事業創出そのものと言える」と語った。

 CRMは、社内各所に存在する業務や情報を、顧客を中心に一元管理し、全社で活用/共有することで、部門間のスムーズな情報循環を可能にする。それが全社の顧客理解を深め、製品開発や営業活動を通した新しい価値の提供を可能にするDXを実現する。たとえば、新製品開発の際は、これまでの営業の製品提案に対する顧客の反応、ユーザーからの製品に対するフィードバックなどの情報をインプットして、アイデアの創出に役立てる。その上で、社内の各部門の意見を集約することで、売れる製品を高精度に予測した開発が可能になるという。

 実際にSalesforceを活用したデモでは、まず社内のさまざまな部門が寄せる新規開発製品のアイデアを開発テーマの候補としてSalesforceに登録するところからスタート。各部門のステークホルダーが登録されたテーマを評価して点数化したり、Salesforce上で議論したりしながら次期開発テーマを選定していく。開発の進捗状況管理や、関連文書の保存、各種議論はすべてSalesforce上で行われるため、ナレッジとして振り返ることも可能であることを示した。

鹿内さん㈪
 

 Salesforceで構築する顧客や代理店向けのポータルサイトを使えば、セキュリティを担保しながら社内だけでなく外部に開発テーマを公開して、フィードバックを得られる。これにより、顧客ニーズに気付かずに機会損失となることを避けることもできる。

「日常業務の中で顧客データを蓄積し、部門間のコミュニケーションを強化することが大事」だと指摘した鹿内氏は「トップダウンで、社員にデータ入力を強制してもうまくいかないことが多く、企業文化の醸成がDXの成否のカギになる」と強調。Salesforceは、企業文化変革のためのフレームワークも含め、さまざまなDX支援を提供できるとアピールした。

特別講演(新ビジネス領域の創造、デジタルとリアルの融合)

 「クリエイティブの新領域」
~ 状況の可視化と社会への実装、データドリブンで創り出す、少し先の未来~

真鍋さん㈰
 
ライゾマティクス
ファウンダー
真鍋 大度氏

 メディアテクノロジーなどを使った表現を探求しているクリエイティブ集団「ライゾマティクス」の真鍋大度氏は、これまで手掛けてきたプロジェクトを振り返りながら、新規事業やイノベーションの創出にも欠かせない異分野との協働の重要性を訴えた。

 ライゾマティクスは、映像クリエイターのほか、エンジニア、デザイナーなど幅広い領域のメンバーで構成。作品のアイデアからハードウェア・ソフトウェア開発、オペレーションまでを完結できるチームとして活動する。美術館などで発表するアートの枠にとどまらず、歌手やアスリートらと協働した、広告やエンターテインメントにも活動の幅を広げている。

 その一つが、フェンシング・トラッキング・アンド・ビジュアリゼーション・システムだ。剣先にマーカーを付ければ、剣先の動きを追跡することは比較的容易だが、試合の障害になる。そこで約20万枚の試合中の選手の画像を分析して、剣の動き、選手の姿勢をコンピューターに学習させ、マーカーなしで剣先を追跡できるアルゴリズムを開発。これで把握した剣先の軌跡をAR(拡張現実)で可視化するシステムを6年余かけて実現した。

真鍋さん㈪
 

 米国のロックバンド、オーケー・ゴーとは、紙をプリントアウトするタイミングを制御した567台プリンターを背景に積み上げ、その前でメンバーがダンスするミュージックビデオ(MV)を2年がかりで制作。プロジェクト資金は、バンドと製紙会社のタイアップで調達していると説明して「アイデアの実現機会としてMVは良い機会になる」と述べた。

 また、東京都現代美術館に展示した、最新の測位技術で把握した高精度の位置情報を使って自律走行を制御するロボットも紹介。「映像、音楽、アートだけではできる範囲が限られるが、専門家同士が、それぞれの領域をつなげることで新しい表現が生まれる。今後も積極的に異分野とコラボレーションして新領域を切り拓きたい」と語った。

2021年7月13日 文藝春秋にて開催  撮影/今井 知佑
注:登壇者の所属はイベント開催日当日のものとなります。

 

source : 文藝春秋 メディア事業局