文藝春秋カンファレンス「『タレントマネジメント大全』~成長機会創出、失敗の許容、属人化の撤廃、健康経営、組織・意識改革、人材育成の最適解~」が8月2日(月)、オンラインで開催された。
コロナ禍でリモートワーク、非対面化が進む中で、優れた人材を集めて育成し、モチベーションを高め、組織パフォーマンスを最大化するために何が必要なのか――。HRのほか、脳科学、生物学、マーケティングの識者の視点から考察が行われた。
特別講演①
「失敗を楽しむ脳」~人材と自己の育成を脳から考える~
東京大学 薬学部 教授 池谷 裕二氏
神経生理学が専門で、脳に関する多くの著作がある東京大学の池谷裕二氏は、脳の成長には熱意や失敗が必要であることや、やる気とパフォーマンスとの関係について、実験結果を紹介しながら説明した。
IQテストを考案したフランスの心理学者、ビネーは、知能を支える要件に、論理力、言語力、熱意の3点を挙げた。この中で、熱意は低く見られがちだが、マウスのひげにスポンジが触れた時の脳の反応を見る実験で、マウスから積極的に触れた時の方が、受動的に触れられた時より、反応が大きいという結果から「熱意、好奇心があると、脳の反応は高まる」と述べた。
また、マウスに迷路を学習させる実験で、最短経路発見の早さは、初期の失敗の量、失敗の多様性、判断にかけた時間の長さに相関すると説明。「脳は消去法で成長するので、失敗することが大事。ただし、初期に数多く、多様に、じっくり考えて失敗することが重要だ」と示した。
やる気を司る脳の部位は側坐核と呼ばれる。脳内の活性状況がわかる画像を被験者に示して制御のコツをつかんでもらうバイオフィードバックの手法を用いて、意図的に側坐核を活性化してもらったところ、多くが「楽しいこと」を想像すると活性化したと答えた。
ただ、やる気は一過性で、スポーツなど瞬間的な集中力が必要な場面では有効でも、持続性が求められる仕事に、やる気を持ち込むとパフォーマンスが低下しかねない。「仕事は、やる気に依存しない習慣化や、持続力を支える熱意が大事。その上で楽しく取り組めば、脳は成長し、やる気も出る。やる気は行動の原因ではなく結果だ」と語った。
米陸軍士官学校新入生の志望動機と成績との関係の調査で「国家に貢献したい」などの手段動機より、「楽しそうだから」という内発的動機を挙げた学生の方が成績が良かった。これは、就活の志望理由にも通じるかもしれない。「好きに理由はなく『楽しくご機嫌に生きる』ことが大事だ」と結論した。
テーマ講演①
「OJTに依存しない即戦力体制の構築」
~「知ること」を目的にしない実践のための教育体制とは~
株式会社スタディスト 人事部部長 坂野 亜希子氏
コロナ禍で、従来の集合研修とOJTによる新入社員教育が見直しを迫られている。マニュアル・手順書作成ツール、Teachme Biz(ティーチミービズ)を提供するスタディストの坂野亜希子氏は「今こそ、学んだことを現場で実践して成果につなげるために社員教育を見直すチャンス」と訴えた。
成果につながる教育では、新入社員が、標準的な業務手順をスムーズに現場で再現できるようにすることが重要だ。そこでスタディストは、先輩社員らに聞かなくても業務を再現できる、わかりやすい手順書を整備。さらに、研修・講義の後に宿題・復習で知識を定着させる通常の学びとは順序を逆にした反転学習理論を使った研修カリキュラムを編成した。予習で手順書をインプットしてから、研修のグループワーク、ロールプレーイングなどでアウトプットさせると習熟度は高まり、「もう元のやり方には戻れない」と話す。
ここでカギになるのが、自学自習に対応できる手順書だ。同社製品のTeachme Bizはビジュアルベースで、紙芝居形式のわかりやすい手順書を簡単に作成できる。文字ベースの手順書の場合、知らない用語が出てくると、調べたり、人に聞いたりする必要が生じるが、ビジュアルベースなら画像や動画に従ってイメージをつかめるので、高い再現性を担保することができる。
新しい研修の方式により、同社人事部門は研修運営のコストを大幅に削減し、研修の質も上がった。受講者側からも、自分のペースで学ぶことができ、現場に出た後の作業でも、検索可能な手順書があることで安心できると好評だ。同社のように事業拡大フェーズで新たな社員が毎月のように入社してくる企業のほか、外国人を含むアルバイトが多い企業、人材の入れ替わりが激しい企業、オペレーション数が多い企業など、業種・規模を問わず多くの企業がTeachme Bizを導入して、研修の課題解決に役立てている。坂野氏は「どんな会社でも、手順書に落とし込める業務が8割超を占める。手順書整備によって業務の標準化も進み、生産性も向上するので、経営へのインパクトも大きい」と語った。
特別講演②
「多様な個が活きる」
~ “人事”を“人自”と考えるZOZOの組織経営 ~
株式会社ZOZO 執行役員 清水俊明氏
ファッション通販サイト、ZOZO TOWNなどを運営する株式会社ZOZOは、人事部門を「人自本部」と呼んでいる。その背景にある考え方を、人自本部を管掌する執行役員の清水俊明氏が説明した。
「人自」には、社員がひとごと(人事)ではなく他人の事も自分の事と考え、ZOZOで働くことを自然な事と感じ、自由な発想で互いに刺激し合って成長できる企業風土創造への思いが込められている。
ZOZOの人自は、従業員満足度を高めることが顧客サービスを高め、売上・利益を拡大するというサービスプロフィットチェーンの考えをベースに、マーケティングの手法を導入。通常の人事部門が提供する機能的な価値以外に情緒的、社会的価値を提供する取り組みを進めている。これは、洗剤のマーケティングの例で、汚れを落とす機能以外に、香りが良いなどの情緒的価値、環境にやさしい社会的価値を訴求して差別化を図るのと同様だ。
ZOZOでは、顧客とつながるCRM(顧客関係管理)を、顧客と友達のような関係を築くCFM(カスタマー・フレンドシップ・マネジメント)と呼ぶ。これを会社と従業員、従業員同士との関係に適用したEFM(エンプロイー・フレンドシップ・マネジメント)を掲げている。人自本部は、パルスサーベイで、気持ちの変動を把握して気配りをしながら、社員一人ひとりを友達のように思い、活躍できるように支援する。
また、「ZOZOらしさ」である「ソウゾウのナナメウエ」を行くような成果を生み出すため、アイデア創出の元になる体験や学びのインプットを支援する「ソウゾウ手当」を導入。このほか、顧客層と年齢が近い若手社員から、新規ビジネスのネタになるアイデアを引き出すための「ソウゾウ会議」を開催している。
清水氏は「すべての社員に価値があり、それぞれに自信の特徴の活かし方を身につけて欲しい。時間をムダにせず、失敗を恐れずチャレンジすること。人間力を高めることも大事」と、タレントマネジメントの考え方を語った。
テーマ講演②
「新時代の戦略人事と健康経営」
〜多様化する従業員と求められる人事の役割とは〜
株式会社iCARE
Sales Maneger・健康経営アドバイザー・第一種衛生管理者
梅田 翔五氏
人事部門の健康管理業務を効率化する健康管理システム「Carely(ケアリィ)」を提供するiCAREの梅田翔五氏は「複雑で煩雑な健康管理業務をはじめとする人事の管理業務をITの力で省力化して、守り中心の人事から、攻めの人事への転換を検討していただきたい」と訴えた。
近年、人事の業務として、経営陣のパートナーとして経営戦略を支える戦略的な役割、従業員のモチベーションや会社の業績にも影響する従業員満足度(ES)を向上させる役割が注目されている。
ES向上の施策としては従来、娯楽施設の割引サービスや保養所の運営など福利厚生の充実が進められてきたが、利用率が低く、ESへの効果も疑問視されるようになっている。そこで最近は、従業員体験(EX)の向上を重視する流れになってきている。EXは、従業員が行う業務の効率化支援、働きやすいオフィス環境やコロナ下でのテレワーク環境の整備、さらに個人任せだった従業員のキャリア開発を企業が積極的に支援することなどによって高めることができる。
こうしたEX向上に向けた人事戦略の立案・推進や、従業員の声を聞いてESを向上させる人事の仕事には、人的リソースが必要だ。このリソースを捻出するため、梅田氏は、人事部門の管理業務の負担をITによる効率化で減らすことを提案。入退社管理、経費精算など、人事の管理業務を省力化するITツールの活用を促した。
健康管理システム「Carely」もその一つで、健康診断の結果の管理、産業医面談の予約などの業務をシステムに任せることで健康管理業務を約75%削減することができる。「手間を削減できた分、戦略人事やES向上のために、より多くの人的リソースを配分できるようになり、事業成長に貢献する人事が実現できる」と強調。毎週開催しているCarely のウェブ説明会への参加も呼びかけた。
テーマ講演③
「新時代の人と組織の在り方を再定義するHR戦略」
~社内外の最適配置を加速するリファラル採用とインターナルモビリティ~
株式会社MyRefer
代表取締役社長 CEO/Founder
鈴木 貴史氏
人材サービス会社入社4年目の2015年に社内ベンチャーを設立し、18年にスピンアウトを果たしたMyRefer(マイリファー)の鈴木貴史氏は「あらゆるつながりが希薄化するコロナ期に、企業は従業員エンゲージメントを向上させる必要がある。リファラル採用やインターナルモビリティを強化し、従業員や採用候補者に優れた体験を提供することが大切だ」と語った。
リファラル採用は、社員が友人らに自社を勧めて、仲間集めをする手法。採用候補者(社員の友人)にリアルな情報提供ができるためミスマッチが少なく、既存社員とのもとからあるインフォーマルネットワーク(自然に生じている人間関係)によりオンボーディングも円滑でエンゲージメントも高まる。採用コスト削減にもつながる。
ただし、リファラル採用は、社員が友人を紹介してくれるのか、という懸念を抱く企業も多い。鈴木氏は「どの企業にも、紹介に積極的な社員が2割程度いる」と指摘。多数派の受け身な社員層も巻き込んで、リファラル採用の文化浸透、仕組み化するには工数がかかるので、中長期のHR改革として取り組むべきとした。
インターナルモビリティは、社内公募制度や社内FA制度により社内の雇用を流動化する、既存社員の最適配置。会社主導ではなく、社員の希望による人事異動が実現すれば、社員が自発的にキャリア開発できる。こうした成長機会の提供はエンゲージメント向上、離職防止につながることが期待できる。ただし、募集ポストの情報共有を含めて、制度の認知が高まらなかったり、他部門への異動に対して管理職からの抵抗があったり、という理由で形骸化するおそれもある。
MyReferは、社内の空きポストを社員が認知するプロセスは、採用と異動の双方に共通で、友人に紹介するか、自分で応募するかの違いであることに着目。ポストの募集情報を簡単に共有できるプラットフォームと共に、制度構築時の人事部門への負荷が大きいという課題を解決するBPOや、制度導入・改善のコンサルティングを提供する。「『つながりで日本のはたらくをアップデートする』というビジョンを実現したい」と語った。
特別講演③
「変わらないために変わり続けること。動的平衡の視点から見るタレントマネジメント」~自ら壊すことで進化する。生命の仕組みに学ぶ、組織変革~
生物学者、青山学院大学教授、米国ロックフェラー大学客員研究者
福岡 伸一氏
「生物と無生物のあいだ」などの著書がある生物学者、福岡伸一氏は「生命の本質を考察する生命哲学は、生命だけでなく、コロナ下の社会や組織を考えるバックボーンになる」と語り始めた。
子ども時代に羽化する蝶の美しさや、顕微鏡で見たミクロの世界にひかれた福岡氏は、生物学者を志して大学に進んだ。当時は、遺伝子やたんぱく質など、生命を構成する部品から生命を理解しようとする分子生物学の隆盛期。しかし、そのメカニズム重視の機械論的生命観に疑問を持つようになり、ドイツ生まれの生物学者、シェーンハイマーが約100年前に残した「生命は機械ではない。生命は流れだ」という言葉に出会った。
シェーンハイマーは、食べ物の元素に同位体を使って目印をつけた実験で、食べ物の原子が生物の体の一部に取り込まれることを明らかにした。福岡氏は「生命は、自身を分解し、作り直し続ける動的平衡の中にある。それにより、秩序化されたものは必ず無秩序化するというエントロピー増大の法則に抗おうとしている。そんな健気な努力にこそ生命の本質がある」という。
免疫の過剰反応である花粉症について、機械論的生命観は、伝達物質のヒスタミンと受容体の間の反応を薬でブロックすれば抑えられると考える。だが、動的平衡の視点では、薬で抑えると、細胞はより多くのヒスタミンを分泌し、より多くの受容体を発現させ、さらに花粉に過敏になると考える。ワクチンとウイルス変異体のいたちごっこも同様で、人の挑戦は、自然にリベンジされる。この2つの異なる生命観は、組織は堅牢にすべきか、柔軟に作り替えられるようにすべきか、といった組織構造のヒントにもなる。
種の保存ために個体を犠牲にするピュシス(自然)に対し、人は個体の生命、自由を尊重するロゴス(言葉、論理)を生み出した。ロゴスが制御しきれない、死や病気などのピュシスへの向き合い方を考える生物哲学は、コロナ下の規制など政治、社会の問題を考える上でも役立つはずだ」と語った。
2021年8月2日 文藝春秋にて開催 撮影/末永 裕樹
役職・肩書は当時のものになります。
source : 文藝春秋 メディア事業局