コロナ猛威「壮大な実験」規制解除は成功したか

コロナ猛威 世界は警告する

デヴィ・シュリダール 英政府アドバイザー
ニュース 社会 国際
ジョンソン首相は乱暴に見えて実は自信あり。(取材・構成=近藤奈香)
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シュリダール氏

コロナを巡る英国政府の規制撤廃

 デルタ株が蔓延する中で、英国に注目する理由は3つある。

 1つは、65歳以上の約95%、若年層でも7割という高い接種率を誇る点。2つ目はデルタ株の流行を他国に先んじて経験したこと。3点目が、7月19日にコロナにかかわる法的規制の全面解除に踏み切ったことである。

 英政府の非常時科学諮問委員会(SAGE)に助言をする王立学会DELVE(ウイルス流行のデータ分析・学習分科会)のメンバーで、スコットランド政府のコロナ対策アドバイザリーグループの一員でもあるデヴィ・シュリダール氏(エジンバラ大学教授グローバル公衆衛生専攻)に話を聞いた。

 ――7月19日、ボリス・ジョンソン首相が打ち出した「フリーダム・デー」の発表に世界中が驚きました。コロナを巡る英国政府の規制撤廃は、どのような考え方から決まったのですか。

 デヴィ フリーダム・デーは、イングランド地方で、特にメディアに大きく取り上げられたことで広まった表現で、「完全に自由になる(コロナ前の状況に戻る)」という意味に捉えられると間違いです。ちなみにスコットランドでは、フリーダム・デーではなく、「Beyond Level Zero(コロナゼロを超えて)」というスローガンが用いられました。7月19日に始まったのは、それまでの法的規制がすべて解除されたということです。

 たとえば、1メートル以上のソーシャル・ディスタンスをとらなければならない、店舗、職場や公共の交通機関などでのマスク着用などの規制が撤廃され、人々はバーやナイトクラブ、大型イベントなどにも参加できる、というものです。

 フリーダム・デーに踏み切る直前、感染者数が再び増加に転じていたので、規制解除に踏み切ることには政府内外から批判の声があがりました。規制緩和には賛成でも、完全撤廃は危険だ、と警鐘を鳴らす人は私を含め多くいました。

 ジョンソン首相は、スピーチの中で、「フリーダム・デーを迎えても、パンデミックそのものが終わりを迎えたわけではない、ということを理解していただきたい。今も感染者数は増加し続けており、今後も犠牲者が出ることが予見される。細心の注意を払ってフリーダム・デーに踏み切るべきだと考えている」「法的規制が解除されたからといって、科学的アドバイスについて必ずしも変更があるというわけではない」と述べています。

 今後は、法による行動規制ではなく、「個々人が適切な情報に基づいて責任と分別ある行動を取るべき」との考え方が根本にあります。

 背景には、おそらく政府として「できることは全てやりつくした」という確信があります。ワクチン接種を行い、成人人口の93%以上に抗体がある状態が確認され、感染の簡易テストやPCR検査を簡単に、かつ無料でいつでも受けられるインフラを整備し、マスク着用やソーシャル・ディスタンスなど身を守るための行動についてコミュニケーションを徹底させ、感染状況などについての情報も常時アップデートしている。もうここまで来たら、規制解除だというわけです。

ジョンソン首相
 
英国のジョンソン首相

「壮大な実験」

「壮大な実験」とも揶揄されるフリーダム・デーだが、準備は周到に進められた。英国政府が「自由(フリーダム)への4ステップ・ロードマップ」を発表したのは今年2月のこと。各ステップの導入には5週間の間隔を設け、各々4週間をかけてデータを蓄積・分析したうえで、次のステップに進むまでに1週間の移行期間が設けられた。

 当初、フリーダム・デー(第4ステップ)への移行は6月21日の予定だったが、英政府の首席科学顧問とイングランドの首席医務官らから、科学的な根拠を踏まえた慎重な意見が出されたため、1カ月延期されることになった。

「今でなければ、いつ?」

 ――なぜ7月に踏み切ったのか。

 デヴィ 最大の理由は、学校やビジネスが一気に再開する秋冬になってしまうと、インフルエンザの流行など医療機関が最も逼迫する時期に重なる恐れがあり、この時期に規制解除することは絶対に避けたい、と政府が考えていたことが挙げられます。したがって、夏前に「If not now, when? (今でなければ、いつ?)」(ジョンソン首相)となったわけです。

 もう1つの大きな理由は、これ以上規制を続けるとコロナ以外のウイルスに対する耐性を失ってしまう恐れがあるからでもあります。18カ月間、「異常な隔離状態」で過ごしてきた人々はコロナを含めあらゆるウイルスとの接触が絶たれた状況で過ごしてきました。このままでは耐性を失った多くの人々(や子供)にどのような影響が出るかもわかったものではない。この影響が秋冬に一気に襲ってくることも想定しての解除でした。幼児は、発熱など日常茶飯事ですが、コロナ流行後、隔離生活が続く中で、「生まれて初めて熱を出した」といった子も珍しくない状況を続けるのは怖い、ということです。

 ――フリーダム・デー後、感染者数は減少し、また直近、やや増加に転じているように見えます。

 デヴィ 規制解除直前の感染者増は、主にサッカー欧州選手権にかかわるイベントが頻繁に開催されたことによるものでした。感染者の9割が男性で、年齢も18‐40歳が中心。スコットランドでは、敗退直後から数字は下がり、その後むしろ、自主規制が強まる傾向があります。

 現時点でフリーダム・デーの評価を出すのは時期尚早です。直近では予想通り、感染者数も死者数も上昇しています。フリーダム・デーは「壮大な実験」と多くの専門家が揶揄したのですが、それは真実であり、今後の経過は慎重に見ていかなければいけません。

 一言補足すると、法的規制が緩和されたからといってコロナ前のような行動様式に国民がこぞって戻る、ということは見られません。英国では、誰しもが知り合いに、コロナで亡くなった人、若い人でも感染して重症化した人、あるいは後遺症に悩む人を知っています。そんな状況では法的規制が緩和されたとしても自主規制が働くのは当然です。

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source : 文藝春秋 2021年10月号

genre : ニュース 社会 国際