「乳白色の肌」と呼ばれた裸婦像などでエコール・ド・パリの代表的な画家となった藤田嗣治(1886~1968)。『レオナルド藤田嗣治 覚書』の著者、藤田嗣隆氏が、大叔父・嗣治の思い出を語る。
藤田嗣隆氏
幼い頃私は、当時、麹町六番町に住んでいた大叔父を「番町ジイジ」と呼んでいました。特によく覚えているのは、終戦の前年、学習院初等科に入学した折、大叔父のアトリエに挨拶に行った時のことです。迎えてくれた大叔父は「入学祝いにやろうと手に入れておいたんだ」と言って、優しい顔で大きな箱を渡してくれました。それは55色のサクラクレパスで、真ん中にあったコバルトブルーのあざやかさを今も鮮明に憶えています。
フジタは戦時中、戦争記録画制作に熱中し、また陸軍美術協会の重鎮でもありましたから、敗戦後は一転して画壇から戦争協力者として大きく批判されます。日本中から嫌われ者になったと思いこんだフジタは米国経由でフランスに渡り、再び故国に帰ることはありませんでした。
私は出発前に祖父と江古田のアトリエを訪れました。梱包中の荷物に囲まれた大叔父は、いつもながらの冗談めかした語り口の中にも、どこか淋しそうに見えました。それが大叔父と会った最後でした。
藤田嗣治
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source : 文藝春秋 2022年1月号