東郷氏(左)と畔蒜氏
「ロシアの内的ロジック」
東郷 メディアで流れる日本政府や有識者の発言を見ていると、「プーチンの恫喝外交を抑制するために、同盟国が協力して強いメッセージを出し続けるべきだ」と、西側の視点に立ったものが圧倒的に多いですね。確かに、2月24日以降のウクライナへの全面侵攻は強く批判されるべきですが、私は非常に残念に思っています。ロシア側の思考回路を知ることで事態の原因と打開策も見えてくるはず。この対談ではあえて「ロシアの内的ロジック」に立つことで、ウクライナにおけるプーチンの思惑について可能な限り分析したいと思っています。
畔蒜 プーチンが抱き続けてきた“野望”を理解しなければ、ウクライナ危機の本質はわかりませんね。彼が狙っているのは、ただ単にウクライナだけではない。ソ連崩壊後の30年間、アメリカが主導して作り上げてきた欧州の国際秩序を作り変えることなのです。NATO(北大西洋条約機構)の体制への挑戦とも言えます。だからこそウクライナの問題は、より大きな時間軸、俯瞰的な視点で考える必要があると思っています。
東郷 全く同感です。2月のロシア軍の急速な動きを見て、私がまず思い出したのは、1999年12月30日に、当時はまだ首相だったプーチンが発表した論文「1000年紀の狭間におけるロシア」です。ソ連崩壊後のロシアは、国の制度が極度に弱体化し、国際的な地位も地に落ち、まったくの三流国家に成り下がってしまった。ロシアは決してそういう三流国家に甘んじる国ではない。ロシア人は、それに甘んじない人たちであり、自分の使命はロシアの真の力を回復することにある――とする悲痛な論文です。
ロシア軍の戦車
大国のアイデンティティ
畔蒜 2000年の大統領就任後、プーチンはこの計画を着実に実行に移していきましたね。
東郷 最初の12年、いわゆる「プーチンⅠ」では、エネルギー価格の高騰に助けられた経済成長と、同時多発テロ後の米ロ協力で、順調に国力が回復していきます。2012年からの「プーチンⅡ」で、いよいよ世界秩序への挑戦を始める。
畔蒜 歴史を振り返ると、ロシアは欧州の大国であった時期が長く、ロシア人のDNAには、「大国のアイデンティティ」が刻みこまれています。ナポレオン戦争でフランス軍を撃退した皇帝アレクサンドル1世は、戦後のウィーン体制を主導して欧州政治の中心人物の一人になりました。第一次世界大戦でロシア帝国は崩壊するものの、第2次大戦後には、アメリカと並ぶ大国ソ連として再び世界秩序を主導する、主要なアクターとして復活したのです。
ところが冷戦後、欧州の政治的・軍事的同盟であるNATOは、没落したロシアを完全に蚊帳の外に置くようになった。そこにプーチンは大きな不満を持っている。ロシアも意思決定に参加できるよう、既存の枠組みを作り変えようとしているのです。
プーチン大統領
東郷 大きなプロセスの第1段階が、2014年のクリミアの奪還だった。そして今日の「ウクライナ侵攻」に至るのですが、なぜここまでの事態になってしまったのか――経緯を理解するには冷戦後、NATOの東方拡大の始まりから振り返る必要があります。
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source : 文藝春秋 2022年4月号