常に着用していると、子どもたちへの大きなリスクが
矢野氏
人間らしい生活を送りたい
新型コロナウイルスの世界的なパンデミックが始まってから、2年以上が経過しました。この間、感染対策として、「身体的距離の確保」「3密の回避」などに加えて、すべての人が外出時にはマスクを着用する「ユニバーサル・マスキング」が、当然のようになっています。
とくに現在は、オミクロン株による「第6波」に襲われている状況ですから、私も医療従事者の一人として、多くの方がマスクの着用をはじめ、感染対策に取り組んでくださっていることに感謝しています。新型コロナに限らず、ただでさえ冬は患者が増える時期です。少しでも感染者が減少することは、医療者サイドには大変にありがたい。
しかし、果たしていつまで、このような暮らしを続けていくことになるのでしょうか。年末年始に忘年会や新年会を開くことも、遠くに住む家族に会いにいくこともできなくなりました。海外はおろか、国内旅行も自由に楽しむことができません。コロナ禍で社会的なつながりを絶たれ、精神的なバランスを崩したというケースも聞きます。
こんな生活を今後、何十年も続けていくことはできません。誰もが人間らしい生活を送りたいと願っているはずです。
また、社会的な問題が大きくなっていることも見逃せません。私はワクチン促進派、それも3回接種の賛成派ですが、それと同時に経済重視派でもあります。
感染対策のみを重視して、経済を度外視してしまえば、他の大きな問題が発生します。飲食業界や旅行業界が苦境に陥っているというニュースは頻繁に耳にしますし、生活苦による自殺者の数も増えています。
新型コロナウイルスに関する知見が蓄積されて、対応策の目処が見えてきた今、社会的なダメージがこれ以上、深刻なものにならないために、「出口戦略」を検討するべき時期ではないでしょうか。
私は今年に入ってから、このように唱えています。
「7月にはマスクを外そう」
この後に説明する3つの条件が揃えば、それは可能です。7月になれば、勤務している浜松医療センターのスタッフとビアガーデンへ行き、マスクを外して、おしゃべりしながらビールを飲みたいと思っています。その場にテレビカメラも呼んで、その様子を放送してもらいたい。院長には怒られそうですが(笑)。
マスクを外そうと言うと、「よく言ってくれた」と賛成する人がいる一方で、「とんでもない」と強い拒否反応を示す人もいます。このパンデミック以降、医学的な知見に基づいた議論をしていても、自分とは異なる意見に対して、「暴論だ」「トンデモ医師だ」とレッテルを貼る嘆かわしい風潮が広がっています。
そこで最初に断っておきますが、私は日本感染症学会の中日本地方会会長を務めたこともある感染症の専門医で、決して医療界の異端派ではありません。この11月には日本エイズ学会の副会長を拝命する予定です。いまは静岡県の専門家会議の一員ですし、浜松市へ新型コロナ対策をアドバイスする感染症対策調整監なども務めています。
病院の現場や、行政の事情なども知った上で、感染症の専門家として、夏にはマスクを外そうと主張していることを、ご理解いただければと思います。
2年以上続くマスク生活
マスクを外せる3つの条件
ただ、マスクを外すタイミングを誤ってしまうと、重症者や死者が急増し、社会が大混乱に陥る可能性があります。解除時期は慎重に見定めなければなりません。
考慮すべきポイントは、新型コロナの「重症化」を抑え込めるかどうか。高齢者や基礎疾患のある人が重症化しない状況になれば、感染対策の出口は見えてきます。
私はユニバーサル・マスキング解除のタイミングを「7月以降」と設定しました。その頃になれば、新型コロナの重症化を阻止する、次の3つの条件が揃っている可能性が高いからです。
(1) 3回目のブースター接種の完了
(2) 抗コロナウイルス薬の普及
(3) 変異株の弱毒化
ワクチン接種から説明していきましょう。日本ではこれまで、ファイザー社やモデルナ社の「メッセンジャーRNA(mRNA)ワクチン」の接種が進められてきました。2022年2月時点で、新型コロナワクチンの2回目接種を終えた人の割合は、総人口の79%にのぼります。ワクチン接種を希望する人のほとんどが、2回目の接種を終えている状態です。
一般的にワクチンには次のような効果があります。
●感染予防(接種した人が感染しないということ)
●発症予防(発熱、咳などの症状を予防すること)
●重症化予防(重症患者が発生することを防ぐこと)
mRNAワクチンは、これら全てについて効果を発揮すると言われており、極めて優れたワクチンです。ただし100%完璧なワクチンは存在しません。デルタ株の出現以降、重症化予防の効果は維持されているものの、感染予防と発症予防については効果がやや低下しています。
また2回接種しても、月日の経過とともに抗体価(血液検査で測定できる抗体の量)は低下するので、有効性はかなり低下してしまいます。
だからこそ3回目のブースター接種が必要なのです。「ブースター」とは、自然感染や予防接種によって得られた免疫がだんだん弱くなっているところに、ワクチンを追加接種することによって、免疫の機能が強まることを意味します。
イスラエルの事例では、3回目の接種によって抗体価が大きく増加して、デルタ株に対し、感染予防効果は11.3倍、重症化予防効果は19.5倍になったという論文が昨年、発表されています。オミクロン株に対しても、効果が回復すると厚生労働省が発表しています。
飲み薬の登場に期待
ワクチンに加え、気軽に服用できる抗コロナウイルス薬も、コロナ禍の状況を一変させる重要なプレイヤーです。発症直後に内服すれば症状が速やかに改善する、感染者に濃厚接触しても予防内服すれば発症しない——そのような薬が容易に手に入るようになれば、コロナウイルスに対する恐怖は激減するはずです。
2009年の新型インフルエンザのとき、今のようなパニックにならなかったのは、タミフルという治療薬があったからです。
私が大きな期待を寄せているのは塩野義製薬が開発している「3CLプロテアーゼ阻害薬」と呼ばれるタイプです。念のため断っておきますが、私は塩野義製薬と利害関係はありません。かなり以前、インフルエンザに関する講演を依頼されたことはありますが、だから推しているわけではありません。
この薬の作用機序(効く仕組み)を少し説明しましょう。
新型コロナウイルスがヒトの細胞の中で増殖する過程では、ウイルスのRNA(リボ核酸:遺伝情報が保存されている高分子物質)の情報にしたがって、1本の巨大なタンパク質が作り出されます。しかし、そのままでは増殖しません。3CLプロテアーゼという、ハサミの役割を果たす酵素が、巨大なタンパク質を切断することで、その断片がウイルスを増殖させる働きを始めるのです。喩えるならば、プラモデルを作るときに、いくつかのパーツを切り出せば部品になるイメージでしょうか。その切断を邪魔するのが、3CLプロテアーゼ阻害薬なのです。
20年以上も前ですが、HIVに効果的なプロテアーゼ阻害薬が開発されて以降、死亡率が大きく低下しました。作用機序は同じなので、新型コロナでも大きな効果を発揮すると期待しています。
病原性が低下していく可能性
最後の要素は変異株です。現在の日本ではオミクロン株が猛威を振るっていますが、従来よりも感染力は強いものの、重症化しにくいことが特徴として挙げられます。これは私の推測ですが、次に出てくる変異株は、オミクロン株よりも病原性がより低下している可能性がある。
分かりやすい例が、スペイン風邪です。1918年から1919年にかけて世界で流行したスペイン風邪は、約5000万人の死者を出し、人類に多大な被害をもたらしました。このスペイン風邪が年月をかけて弱毒化していったものが、現在のインフルエンザの型の一つ。このことが示すように、ウイルスは徐々に人間へなじんでいくものなのです。
そのような歴史的経緯を踏まえると、新型コロナもスペイン風邪と同じ道のりをたどると予想できます。つまりオミクロン株の次に出てくる変異株は、重症化率がもっと下がるのではないか。最終的には、新型コロナにかかっても、風邪のような症状だけで済むようになると考えられます。だとすれば、今のようなユニバーサル・マスキングは必要なくなります。
もちろん今後、強力な毒性をもった変異株が出現する可能性がゼロであるとは言えません。ただ毒性が強いウイルスは、感染した人間の死亡率が高いため、広範囲な流行は逆に起こりにくい。オミクロン株のように症状が軽く、感染者が動き回るから、いまのように拡大するのです。
毒性の強い変異株が登場したら、必要な感染対策をした上で、新しいワクチンを開発するなど、冷静に対応していけばいいのです。
感染防止より重症化防止
変異株については未知数ですが、今年7月には、(1)3回目のブースター接種の完了、(2)抗コロナウイルス薬の普及、という条件が揃う可能性は高い。そうなると感染者の重症化は、かなり抑え込むことが出来るでしょう。ですから、この段階でマスク着用は、一斉にやめるべきだというのが私の提案です。
ワクチンの効果や、薬の開発、供給スケジュールなどが、私の想定と異なることもあるでしょう。その場合、大人はユニバーサル・マスキングの期間を延長するなど、粛々と対応を変えていけばいい。重要なのは科学的な根拠にもとづいた対応をすることです。
その点から言うと、これまでの「感染拡大をいかに抑え込むか」という方針は転換すべきでしょう。
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source : 文藝春秋 2022年4月号