著名人が母親との思い出を回顧します。今回の語り手は、佐藤亮子さん(浜学園アドバイザー)です。
元英語教師である私は、4人の我が子を東大理3に入れたことで注目を浴びた。その私の母は、亡くなる83歳まで、色白でシミひとつない肌の持ち主だった。紫外線には非常に注意していて、玄関先の郵便受けにも素顔のときには日焼けするからと断固行かなかった。お出かけに誘うと「お化粧するからちょっと待ってて」と、おもむろに鏡の前でマッサージから始め、終わったらガーゼで拭き取り化粧品をぬり始める。早く遊びに行きたい子どもたちは「おばあちゃん、まだぁ?」と母の周りをウロウロし始めるが、全く意に介さず「おばあちゃんはね、しわの間にお化粧を塗り込まないといけないので時間がかかるのよ」と丁寧に目、眉毛、唇などを仕上げるが、なんとここまで、1時間! 何度か待たされた子どもたちは、母には外出の1時間前に化粧を始めるように頼むことにし、その様子を「おばあちゃんの舞台化粧」と呼んでいた。女学校の化粧の授業で、「マッサージから始めるように」と習って以来1日も欠かしたことがないらしい。要するに70年以上も教えを守ってきたわけだ。
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source : 文藝春秋 2022年5月号