日本列島が戦場になる日 緊急シミュレーション

日米同盟vs.中・露・北朝鮮 第二章

山下 裕貴 元陸将
阿南 友亮 東北大学大学院法学研究科教授
小泉 悠 東京大学先端科学技術研究センター准教授
古川 勝久 国連安全保障理事会・北朝鮮制裁委員会専門家パネル元委員
ニュース 政治 国際 中国 ロシア
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(左から)山下氏、阿南氏、小泉氏、古川氏

大国による「剥き出しの力の論理」

 小泉 ウクライナ戦争を見ていると、あらゆるものが“先祖返り”したかのような印象を受けます。

 例えば、2000年代に私が大学で国際関係論の教育を受けていた頃は、「国家間の戦争はもはや考えられない」と教えられていました。経済の相互依存関係が進展し、戦争を防止するためのさまざまな国際法、条約が整備され、戦争は基本的に違法になった。小国を巡る紛争はあるにしても、大国が正面からぶつかることは、蓋然性が高くないとされていたのです。

 しかし、ロシア軍は様々な諸制約を打ち破ってウクライナに侵攻した。ブチャでは一般市民が虐殺され、マリウポリ製鉄所では立て籠る兵士や住民が兵糧攻めにされる――人類が前世紀に克服したと考えられていたことが、現在進行形で繰り広げられています。ウクライナ侵攻によって「ポスト冷戦」の常識がことごとく覆されているのです。

 古川 先日、ロシア通の外交官と話していたところ、冷戦時代の著名なアメリカの外交官、ジョージ・ケナンの「長文電報」を読み直せと勧められました。

 ソ連封じ込め構想を主導した同氏が1946年に書いた公電ですが、これを読むと、ロシアの指導部は冷戦時から何も変わっていない事実に改めて驚きます。この約20年間、プーチンは欧州に亡命した反体制派ロシア人を組織的に抹殺してきましたが、欧州諸国は見て見ぬふりをするだけだった。2014年に、ロシアがドンバス地方とクリミア半島を侵略した際にも、欧米諸国はほとんど何ら効果的な制裁をおこないませんでした。プーチンを増長させたツケがたまりにたまり、ついに事ここに至ったと言えます。

 阿南 ポスト冷戦は、欧州の国々が勝手に盛り上がっていただけですよね。ベルリンの壁の崩壊によって冷戦が終結したかのように演出されましたが、東アジアでは厳然として冷戦時代の対立構造が続いています。朝鮮半島の38度線しかり、台湾問題しかりです。軍事的緊張も拡大の一途を辿っています。大国同士がぶつかる可能性もある。

 中国についても、ロシアと同様に、この数十年メンタリティはほとんど変わっていません。台湾や尖閣は自国の一部で、南シナ海は自分たちの海だと確信している。しかし、アメリカも日本もポスト冷戦に惑わされて、「中国は変わっていく」という見通しのもと、地政学的なリスクを度外視して、経済的なつながりを深めてきた。中国はたしかに豊かになりましたが、台湾、尖閣、南シナ海を支配するという目標は何ら変わっていません。それを達成するための手段として、軍隊を着々と強化してきました。

 小泉 大国による「剥き出しの力の論理」は今も存在します。それをポスト冷戦という甘い言葉で誤魔化してきたわけですが、何かの拍子で露顕すれば、ウクライナのように多くの血が流れることになる。

 山下 ウクライナの悲惨な光景は、我々にとっても決して他人事ではない。東アジアでも中国による台湾侵攻、北朝鮮の暴発など様々な事態が想定されます。その時、日本が戦場になる可能性も十分にあります。

(1)中国が台湾・尖閣侵略

 阿南 昨年の3月、米インド太平洋軍のデービッドソン司令官(当時)が「今後6年以内に中国が台湾に侵攻する可能性がある」と発言しました。以降、日本でも中国による台湾侵攻の現実味について、さまざまな議論がなされています。

 私は90年代から中国における軍事力整備を見てきましたが、中国における軍拡の進展に伴い、台湾有事の可能性は着実に高まってきたと言えます。中国にとって「台湾解放」は、建国以来の目標であり、祖国統一の残されたピースを埋める神聖な任務でもありますから、必ず遂行しなくてはならないミッションなのです。中国がそれを放棄することは考えられない。

 山下 問題は、人民解放軍が台湾に押し寄せてきた時、実際に何が起こるかですが、まずはその前提となる台湾の地理・気象条件をご説明しましょう。

 中国南東部の福建省と台湾島の間には、台湾海峡があります。台湾海峡は狭いところで130キロ、広いところで200キロ以上と非常に幅が広い。また、潮の流れが速く、南北の干満差が大きいことが知られています。冬場には強風が吹き荒れて波が高くなり、濃い霧が発生しますし、夏には台風がいくつも襲来します。

蔡英文総統
 
台湾の蔡英文総統

台湾島は防御に有利

 阿南 いま山下さんがおっしゃったように、気象条件を考えると作戦を実施できる時期は限られます。台湾の軍事シンクタンクの方は、「大体この時期に来るだろうと予想はつく。その時期にさしかかると、中国側の動向を一段と注意深く見るようにしている」と話していました。

 山下 侵攻があるとすれば、おそらく春か秋ということですね。さらに台湾島の地形に注目すると、海岸線に広い砂浜は数カ所しかなく、大規模な上陸適地は限定されます。そして南北に3000メートル級の険しい山脈が走っているのも台湾島の特徴の一つ。これは防御側には非常に有利な地形です。中国に台湾海峡側をとられても、山脈を挟んで太平洋側に逃げ込めば山脈が要塞になってくれます。そうなると中国は太平洋側から攻めるしかない。その際には、自衛隊が守る南西諸島の脇を通って太平洋に出て来るかどうかが問題になります。

 小泉 潮の流れが速く、海岸線も砂浜が少ないとなると、第二次世界大戦でのノルマンディーのような、古典的な上陸作戦をおこなうことは難しいのでしょうね。

 阿南 上陸作戦以外にもいろいろな作戦を考えているはずです。中国側は「台湾を取り戻す」ことに、一点の疑いも持っていないわけですから、彼らが軌道修正することはありません。上陸の悪条件がいくらあっても、人民解放軍はそれを加味した形で作戦を立案するでしょう。

 小泉 いまの阿南さんの発言を聞いて、ロシアの軍事科学アカデミー総裁を務めたマフムト・ガレエフ将軍が書いた『もし明日戦争になったら』を思い出しました。彼はクラウゼヴィッツの「国家は合理的な目的追求のために戦争する」というテーゼを引用しつつ、「確かにそうだが、合理性は客観的か主観的かの区別がつかない。自分が思う合理的な行為が他者と共有されているかの保証はない」と書いている。

 古川 ロシアだって世界から見れば全く合理性のない戦争を始めた。バイデンは、プーチンに対して侵略をおこなった場合のコストについて伝えていたはずです。それでもプーチンは自国の損害を度外視して、戦争に踏み込んだ。意思の非対称性のようなものを感じます。

 小泉 中国が同じ道を辿ってもぜんぜんおかしくない。仮に習近平が「気象や海の難しい話はわからんけど、ともかく台湾を取らなければならない」と言いだしたら、人民解放軍の将軍たちは何かしらの作戦を捻り出しますからね。

中国のミサイル護衛艦
 
中国のミサイル護衛艦

「超限戦」を仕掛けてくる

 山下 実際に戦争をやるとなれば「超限戦」、いわゆるハイブリッド戦から始まるでしょう。つまり、2014年におきたウクライナ東部紛争と近いことが台湾でも起こる。武力による侵略に、情報戦やサイバー攻撃を組み合わせた軍事戦略です。

 第1段階としては、第三者の介入を防ぐため、台湾島の周囲12マイルくらいのところで海上封鎖をおこなう。次に電子戦やサイバー戦を仕掛け、政治経済・防衛機能を混乱させる。台湾には、親中派の組織があり、中国からの指示があれば彼らも動き出します。

 第2段階として上陸の際には、まずは精密誘導兵器で台湾の陸・海・空軍の目(レーダー)や部隊・艦隊・戦闘機部隊を潰し、制空権と制海権をとる。そして港と飛行場を占拠したうえで、どんどん部隊を送り込んできます。合成旅団と呼ばれるコンパクトなユニットを航空機や船に乗せ、上陸したら即時に戦力を発揮させる。台北はじめ台湾の西岸には大都市がいくつもありますが、その攻略はぜんぶ後回しです。とにかく面を押さえに来る。

 小泉 市街戦はやらないでしょうね。双方に多大な損害が出る。ウクライナ戦争でも、ロシア軍は都市に入ったために激しく損耗しました。

 山下 市街戦を避けるのは、軍事の常識です。小道が多いので大きな部隊を投入しても、どんどん兵士が飲み込まれてしまい、気づいたら一人になってしまう。そこを狙われるので攻める側が不利なのです。

 ですから市街戦は避けて、無人地帯でもいいから、先に大きな面積を確保するはずです。そして部隊を台湾全土に配置していきます。そこからは長期戦。台北、台中、台南などの都市はぐるりと包囲して、柿が熟して落ちるのを待つ。秀吉の高松城水攻めではないですけど、中国人は待ちますから。香港で証明して見せました。

 阿南 中国は、基本的に「自分たちは解放者だ」というメンタリティを持っているので、最初はなるべく民間人の犠牲を最小限に留めようとするはずです。ただ、中国が侵攻したら台湾世論は激高するでしょう。蔡英文なり、次の総統が降伏することも考えにくい。そうなるとウクライナと同じパターンで、台湾軍は激しく抵抗するでしょうから、中国側の作戦はなりふり構わない残酷なものへと変容する恐れがあります。

地図
 
中・露・北朝鮮から見た日本列島

日本人も覚悟が必要

 山下 台湾有事では間違いなく、日本は巻き込まれると思ったほうがいい。巻き込まれ方としては、2つのパターンが考えられます。

 一つ目は、台湾有事に米軍が介入するパターンです。例えば、台湾の周辺海域に展開する第七艦隊が中国に攻撃されたとする。そのとき適用される可能性があるのが、平和安全法制の「重要影響事態」です。そのときは自衛隊が米軍機に給油したり、米軍機が撃墜されればパイロットを救出したりするなどの任務を担う。事態がエスカレートして、日本の存立が脅かされるような「存立危機事態」が認定されれば、集団的自衛権を行使し、結果として台湾有事に巻き込まれることになります。

 阿南 安倍政権時代に整備された平和安全法制が定めているのは、後方支援にとどまる次元ではありません。アメリカの艦船が攻撃を受けたら、近くにいる日本の艦船は反撃することが可能となる。

 制度的にはそこまで進んでいるにもかかわらず、国民の多くはまだ当事者意識を持っていないように見えます。「大陸よりは台湾が好き」と言う人は多いものの、台湾のために命を賭ける覚悟があるかと問われれば、答えに窮する人がほとんどでしょう。台湾有事には日本人の覚悟も問われます。

 山下 日本が巻き込まれるもう一つのパターンとしては、台湾軍が日本国内に避難を求めてきた時です。台湾海峡側を中国に占領されたとしても、台湾軍は太平洋側の拠点で徹底抗戦を続ける。その際、残存する空軍機はそのままではやられてしまいますから、沖縄の嘉手納基地、石垣島や宮古島の飛行場に逃げてくるかもしれない。米軍の了解があれば、嘉手納には着陸できますから。

 しかし中国は黙っていない。「内政問題だ。我々の戦闘機だ」と主張し、返還を求めてくる。それに日本が応じなければ、攻撃してくるかもしれません。

 阿南 私は別のパターンを想定してみたいと思います。中国がミサイル攻撃をしてくる場合、様々な事態が想定されますが、在日米軍基地はあえて攻撃せず、自衛隊の基地だけ狙い撃ちにする可能性もあります。米軍と違って自衛隊に反撃力はほとんどない。アメリカの介入を阻むための脅しにもなるでしょう。

 攻撃対象は沖縄の基地とは限りません。日本全土が射程に収まっていますから、北海道、宮城、青森の自衛隊基地にだってミサイルは飛んできます。しかも、中国のミサイルはあまり精度が高くないので、軌道が逸れて近隣の住宅地に落ちる可能性だってある。

 中国では、尖閣諸島は台湾島の一部と見なされています。彼らは「日本は中国の領土の一部を不法占拠し続けている」と考えている。向こうからすれば、「19世紀に中国から尖閣を盗み、いまだに返してこない」日本を攻撃する大義名分はいくらでも作れます。人民解放軍が台湾に侵攻するなら、台湾の一部を占拠していると中国側から見なされている日本も、攻撃対象になる可能性は排除できません。

 山下 台湾有事において、尖閣諸島は大きなポイントになりますね。私が人民解放軍の東部戦区司令員だったら、尖閣に艦船を近づけて上陸はせずに圧迫を続けるでしょう。「俺たちの“台湾解放作戦”を邪魔すると、尖閣にも手を出すぞ」と。いわば圧力弁ですね。

尖閣諸島
 

尖閣がウクライナ化する

 阿南 尖閣に上陸してくることも考えられますね。

 山下 可能性はあります。そのときアメリカがどう出るか。私は、尖閣だけならアメリカが本当に助けに来てくれるか疑問ですね。人も住まない小さな島のために、核保有国の中国と事を構えるリスクは冒さない。現実的なシナリオは、「情報や武器などは支援するから、尖閣は自分でしっかり守れ」と言ってくる。ウクライナと同じですよ。

 中国が台湾を本気で取りに来たときは、尖閣だけでなく、与那国島と石垣島も攻撃される恐れがあります。台湾を太平洋側から攻めようとすると、右手に台湾を見ながら、左手の与那国や石垣の近くを通って艦船を出していくことになる。そうなると与那国や石垣から邪魔される恐れがあるので、台湾侵攻前に潰しておく必要がある。

 与那国には沿岸監視隊しかいませんから、巡航ミサイルで潰して小部隊を派遣する。石垣島には陸上自衛隊の警備部隊(対艦ミサイル、対空ミサイル含む)が配置(2023年3月予定)されるので、より大きな部隊を派遣してくる可能性があります。

 阿南 日本への影響は様々なものが考えられるので、我々は常に最悪の事態を想定して準備を進めておくべきですね。

 古川 経済面でも備えておくことが重要と思います。有事の際に日本が米軍・台湾軍を支援することになった場合、中国が日本との貿易を部分的、あるいは大幅に停止することが考えられる。

 2年前のコロナショックを振り返っても、武漢がくしゃみをしただけで主要工場が停止し、日本経済はかなりの打撃を受けました。台湾有事の際、日本の産業界――特に防衛産業――が立ち行かなくなるのではないかと懸念しています。

台湾に熱心なアメリカ

 山下 最近は、アメリカと台湾の防衛協力も緊密になってきています。日台交流協会の前安全保障担当主任(武官)の渡邊金三氏によると、2020年からは「米台共同評価会議」と呼ばれる枠組みがつくられ、米台両軍間で作戦について様々な調整がおこなわれるようになりました。台湾軍が人民解放軍より大幅に戦力が劣ることを前提に、米軍が台湾軍の能力を詳細に把握し助言しています。そのうえで米軍の台湾有事作戦計画を修正する可能性がある。

 また、武器の技術支援や売却にも最近は熱心です。トランプ政権の頃から、F-16戦闘機やM1戦車、地対地ミサイルなどの大型兵器を続々と売却。今年4月には迎撃ミサイル「ぺトリオット」を売却することを決めました。つまり、アメリカは本気で台湾防衛に乗り出そうとしている。ウクライナ戦争が落ち着き、ロシアの脅威が低下すれば、台湾へのコミットメントをさらに強めてくるでしょう。

 小泉 日米の連携はどうなのでしょうか。

 山下 実はオバマ政権時代には、台湾侵攻のシミュレーションをすること自体を止められていました。それが今は「どんどんやれ」と。3月にも日米共同訓練が実施されましたが、南西有事を想定し、米軍が自衛隊の領域横断作戦とともに、南西諸島に前進基地を展開する機動展開前進基地作戦(EABO)がおこなわれた。自衛隊のほうが「えっ」と少し引いてしまうくらい、アメリカのほうが訓練に積極的になってきたのです。

 阿南 台湾有事の際、米軍の介入をいかに排除するかが、中国にとってはいちばん頭の痛い問題のはずです。アメリカには「台湾関係法」がありますから、実際に参戦するかは別としても、物資を山のように積んだアメリカの船団が台湾の東側、花蓮港などに続々と入る可能性がある。中国はそれを阻止したいが、難しい。手を出したら確実にアメリカと戦争になってしまうからです。

 山下 中国は、米軍の接近を阻止し、台湾有事への介入を防ぐため、「A2AD(接近阻止・領域拒否)」と呼ばれる軍事戦略を進めてきましたね。

 阿南 もともとは「中国近代海軍の父」と呼ばれる劉華清が、ソ連のゴルシコフ提督の影響を受けて、80年代に提唱したものですね。陸・海・空からのミサイル飽和攻撃で米空母打撃群に対抗する趣旨の戦略です。

 山下 米軍の接近を阻止するための切り札として、中国がさかんに喧伝しているのが「空母キラー」と呼ばれる対艦弾道ミサイルです。これを沿岸部のみならず内陸部にも配置してきました。96年の台湾海峡危機では、クリントンが派遣した空母ニミッツ率いる空母戦闘群の海峡通過に手出しできなかったけれど、もはや米艦隊は台湾には近づけさせない、と中国は言っています。

 しかし、攻撃対象が静止しているならともかく、実際に航行している空母に命中させられるかというとまだ難しい。命中精度のほうは疑問ですね。

「A2AD」は機能するか?

 阿南 私も、中国の対艦弾道ミサイルの能力については懐疑的です。太平洋を航行する米空母を撃つためには、その前提としてどれくらいの速度でどの方向に動いているのか、艦艇の動きを詳細に把握する必要がある。そこまでの索敵データ処理能力は、今の中国にはありません。

 山下 これは豆知識ですが、アメリカの空母機動艦隊は目的地に向かう際、航路をまっすぐに進まない。Zの字を描きながら進みます。かなり不規則な動きをするので、弾道弾を当てるのは難しいはずです。

 阿南 中国の性格から言って、新型の兵器をチラチラ見せることで「これだけのものを持っているのだから台湾から手を引け」とアメリカを威嚇する――空母キラーはハッタリ的な意味合いが強いのではないかと見ています。

 小泉 私は、中国のA2AD戦略について、過大評価も過小評価もすべきではないと思います。というのも、アメリカのシンクタンクが、「A2ADはそれなりに機能する」と指摘しているからです。

 今後、中国のミサイルの精度が高まれば、最悪の場合、米軍は台湾から千海里(約1850キロ)も離れたところでの作戦を余儀なくされる。さらに沖縄の嘉手納やグアムの基地が吹っ飛ばされた場合、日本とアメリカの戦略重心は一気に後退します。そうなると台湾周辺に滞空できる軍用機の数は一気に減る。A2ADは、見過ごすことはできない合理的な戦略なのです。

 阿南 今の小泉さんのご指摘は非常に重要です。A2ADが全く機能しないかといえば、そうではない。注目すべきは、この2年間で中国がミサイル駆逐艦を15隻も新たに就役させていること。はたして練度の高い乗組員を確保できているのか、技術的にどこまでアメリカに対抗できるのかといった疑問はありますが、数という点では看過できない状況になっています。

 古川 ロシアと北朝鮮の台湾有事への介入についても、想定しておくべきです。ウクライナ戦争が終わっても、ロシアと欧米の対立は長期にわたり続く。そうなった時に中国が台湾に侵攻すれば、ロシアが何もしないことは考え難い。アメリカの軍事力を分散させようと、あるいは、上手くゆけばそれを機に自国に都合の良い既成事実を作ろうと、極東や欧州で何らかの軍事行動を起こすシナリオも考えておくべきです。米中の対決がより決定的になれば、ロシアもより積極的に中国側に加担する可能性が考えられます。そこに北朝鮮が加わると、東アジア情勢は複雑化して、不確実性が急速に高まります。

人民解放軍の限界

 山下 幸い、中国が台湾を攻めるのは今日明日の話ではありません。いちばんの理由は、人民解放軍の台湾への輸送能力の問題です。戦闘において攻撃側は防御側の3倍以上の数が必要とされます。台湾の陸軍が10万人いるとすれば、中国は30万人以上の上陸部隊を派遣しなければならない。それには、かなりの数の揚陸艦船が必要になりますが、本年になってようやく中国海軍2隻目の強襲揚陸艦「広西」が就役したばかりです。同タイプの揚陸艦1隻が近く就役予定ですが、海上輸送能力と渡海を前提とする兵站能力は明らかに足りていない。

 阿南 中国は台湾を軍事的に無力化するための準備を進めているし、隙あらば尖閣も奪おうとしている。南シナ海における軍事基地建設の事例に鑑みれば、その意図自体が脅威であり対策が必要ですが、能力はあまり過大評価しないほうがいい。

 第一章で申し上げましたが、中国の兵器は、基本的にソ連時代に開発されたロシアの技術をベースにしている。数は多いけれども、質では米国製には及ばない。さらにロシア軍と同様に軍の腐敗も抱えています。人民解放軍の制服組のトップ、すなわち共産党中央軍事委員会副主席の地位にあった2人の将軍が相次いで汚職の容疑で捕まりましたので、深刻な腐敗です。この種の腐敗は将校の適材適所を妨げ、軍の作戦遂行能力と士気に悪影響を及ぼします。

差し替え写真②中国・人民解放軍
 
中国人民解放軍

ナショナリズムが鍵に

 古川 アメリカとの真正面の武力衝突は、少なくとも当面の間、中国にとってもリスクが高い。

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source : 文藝春秋 2022年6月号

genre : ニュース 政治 国際 中国 ロシア