若き改革者の挫折

日本人へ 第165回

塩野 七生 作家・在イタリア
ライフ 社会 国際

 日本の次に愛するイタリアのことなので、十二月四日に行われた国民投票の結果には悲しい想いになっている。なぜなら、二院制を事実上の一院制に変えるための憲法改正の可否を問うた国民投票でイタリア国民はNOと答え、それによって提案者であった首相は辞任し、この若き首相が実行中であった改革路線が挫折することになってしまったからである。

 イタリアには抜本的な改革が、絶対に必要だった。そして、三十代でフィレンツェ市長から首相になったマッテオ・レンツィ一人が、始めから明確にそれを主張し、若さゆえの活力でそれらの断行に着手し、三年足らずの期間にしても、効果は少しずつ現われていたのである。

 まず、緊縮一本槍の路線から成長路線への転換。職を増やそう、しかも若年層の職を増やすことを目標にかかげ、そのためには経済界との共存共栄もOKだとした。この転換は、しかし、もはや組合員の職場の保持しか頭にない労働組合を敵にまわしてしまう。若年失業率が高いこともあって、既成労組は中高年の牙城と化しているからだ。

 しかもこの方針転換は、自党内の守旧派に、左派的でないと反対理由を与えることにもなった。レンツィの主張する、機能する政治の実現には右や左という従来の党派色は関係ない、という態度は、左翼政党と自負しているこの人々からは、許し難い異端になるのである。子供の頃より「ウニタ」(日本ならば「赤旗」)だけを読んで育ってきた、赤こそが労働者階級の色と信じて疑わない人々は、レンツィは右だ、つまり資本家側だと思ってしまったのだ。

 これが、自党内の中高年層でこれまでの政治の既得権層でもあったベテランたちに、打倒レンツィの理由を与える。国民投票でもNOと投票すると公言し、実際にそうした人々でもある。レンツィのかかげたスローガンの「廃車処分」の的にされるのを怖れた中高年層の反撃は、女の嫉妬や恨みの水準ではない。廃車処分が決定的になる前にレンツィをつぶす、の一念の前には、イタリアの将来などは知ったことではないのだ。

 ブリュッセルにあるEU政府も、ヨーロッパ主義者のレンツィを助けるどころか、足を引っぱっただけだった。

 EUの加盟国であるということは、EU政府に縛られるということでもある。国家予算も、政府で決め国会が可決すればそれでOK、ではない。政府が決めた予算案はまずEU政府に提出し、認めてもらう必要がある。ではEU政府は、どのようなことでレンツィ政府の足を引っぱったか。

有料会員になると、この記事の続きをお読みいただけます。

記事もオンライン番組もすべて見放題
今だけ年額プラン50%OFF!

キャンペーン終了まで時間

月額プラン

初回登録は初月300円・1ヶ月更新

1,200円/月

初回登録は初月300円
※2カ月目以降は通常価格で自動更新となります。

オススメ! 期間限定

年額プラン

10,800円一括払い・1年更新

450円/月

定価10,800円のところ、
2025/1/6㊊正午まで初年度5,400円
1年分一括のお支払いとなります。
※トートバッグ付き

電子版+雑誌プラン

12,000円一括払い・1年更新

1,000円/月

※1年分一括のお支払いとなります
※トートバッグ付き
雑誌プランについて詳しく見る

有料会員になると…

日本を代表する各界の著名人がホンネを語る
創刊100年の雑誌「文藝春秋」の全記事、全オンライン番組が見放題!

  • 最新記事が発売前に読める
  • 毎月10本配信のオンライン番組が視聴可能
  • 編集長による記事解説ニュースレターを配信
  • 過去10年6,000本以上の記事アーカイブが読み放題
  • 電子版オリジナル記事が読める
有料会員についてもっと詳しく見る

source : 文藝春秋 2017年02月号

genre : ライフ 社会 国際