ふんだり蹴ったりの旅路でも、終わりよければすべてよし、やがて良き思い出に変わることもある。
中東のアブダビを旅したときのこと、強烈な日差しに私の皮ふは参ってしまって、やけどで顔が腫れあがってしまった。そこへ持ってきて、ラクダをなでた手でご飯を食べてしまったから、激しい腹痛に襲われた。ホテルで悶えながら、やっとの思いでスーツケースから1錠の下痢止めを見つけ、かすかな期待を寄せて飲んだわけなのだが、相手はラクダ菌、とうてい太刀打ちできるわけもなく、その後トイレに駆け込む日々が続いた。
顔は引きつり、お腹は下るさんざんな旅だったが、やがて顔の皮ふはむけてツルツルになり、体重は5キロ減って、体もスッキリした。意図せず体が浄化され、総じてなかなかいい旅だったと今は記憶している。
私の人生もそんな様なものである。大学生のとき、外交官になろうと決心した。当時私は免疫の病を患い、薬のせいで顔が満月のように丸々としていた。人前に出るのも恥ずかしかったから、勉強に励むほかなく、おかげで筆記試験は通ることができた。
しかし私の生まれた南米アルゼンチンは国籍を捨てられない国であることが分かり、結局、二重国籍で夢を断念せざるを得なくなった。
私は行き詰まると海外に行くクセがある。空を見上げると、自分の悩みのちっぽけさを感じることがあるように、外国に行くと、視野が広がり前向きになれることがある。だからその時も「霞が関がダメなら、ワシントンだ!」と思い立ち、すがる思いでアメリカを訪れた。そこで目にしたテレビに映る気象キャスターに心が奪われた。中学生のとき私は気象予報士に憧れ、その心意気は真剣そのものだったのだが、ギリシャ文字だらけの数式に頭を抱え、途中で止めてしまった思い出がある。その女性キャスターを見たとき、ふと「このまま諦めたら、棺の中でも後悔する」という思いが込み上げてきた。
いま私はNHKの国際放送で、世界の天気を英語で伝える気象キャスターをしている。もう12年目になったが、好きな天気と英語に囲まれて、毎日楽しくて仕方がない。紆余曲折あったが結果オーライと、今は振り返ることができる。
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source : 文藝春秋 2022年12月号