著名人が母親との思い出を回顧します。今回の語り手は、常見陽平さん(働き方評論家・千葉商科大学准教授)です。
「お前の発言は軽薄すぎる。もっと考えてから物を言いなさい」
毎月1回くらい、母からLINEで批判が届く。私のメディアでの発言や、SNS投稿を見て、だ。思えば48年間、「軽い」「浅い」「勉強が足りない」こんな言葉を浴びせ続けられてきた。その度に私は奮起する。北海学園大学名誉教授でありケルト人の研究を続ける歴史学者常見信代先生、つまり私の母は幼少期から、高い壁として私の目の前に存在している。指導教員と教え子のような親子関係だ。知識人として勝てる気がしない。
院生時代に学生結婚した父、経済史学者の常見孝はすぐに脳腫瘍に倒れた。それでも私と弟を産み、育てた。大学の非常勤講師、塾講師、家庭教師を掛け持ちし、父の看病、父方の祖父の人工透析の送迎をすべてこなした。父も祖父も他界し、ひとり親家庭となったが、何不自由なく育ててくれた。特に本だけはいつもすぐに買ってくれて、知的好奇心に応えてくれた。その後、道内の私学の専任教員となり私たち2人を内地の大学に送り出してくれた。
浴びるように珈琲を飲み、吸い殻の山をつくりつつ徹夜をして論文を書き、早朝の郵便局から速達で提出する後ろ姿を見て育った。家族で遊園地に出かけたときも、母は木陰で洋書を読んでいた。
どんな編集者よりも私の文章に厳しいのは、母だ。幼少期に書いた人生初の年賀状が苦行だったことを覚えている。文字を丁寧に書くことだけでなく、どのような想いを伝えたいのか厳しく問われた。
母の最終講義には多数の教え子が集まった。ただ、その講義は私に向けたものであることは明らかだった。何度もスコットランド、アイルランドに足を運び、教会や修道院をまわり事実を積み上げてきた凄みがそこにはあった。その年の年賀状は「勉強三昧の日々が始まります」とあり、情熱に圧倒された。
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source : 文藝春秋 2022年12月号