著名人が父親との思い出を回顧します。今回の語り手は、御厨 貴さん(政治学者)です。
いいオヤジだった。もう亡くなって30年がたつ。それでも時折、私が小さい頃から中学高校時代のことを思い出す時、必ずオヤジがいる。やさしかった。オヤジの父がすぐ怒る怖い人だったらしい。それが嫌でねと言うオヤジは、一人っ子である私に、常に寄り添ってくれていた。オフクロが厳しかっただけに、オヤジの存在は忘れ難い。
でもサラリーマンで、ライオンという会社の営業マンだったオヤジは、東北地方の営業や九州地方のそれで、平日はほとんど家に帰ってこなかった。日曜の朝だけは寝坊していたので、必ずオヤジのフトンにもぐりこんだ。ちょっと小太りのオヤジのぬくもりを1週間分感じたものである。目を覚ますと、オヤジはよくしゃべった。まだ小さかった私に、政治、経済、社会の森羅万象について、オヤジ流の読みを教えてくれた。それは学校で聞く話、オフクロから聞く話とはどこか世間離れしていて、そのくせ世間知にまみれてもいた。幼い頃満州で生活し、東大から学徒動員で兵役に従事した戦中派の体験を通した世間話であり、とても新鮮だった。しかしオヤジの日曜話を外でしてはいけないよと常に注意されていた。誤解をうむから、大人になってから判断せよということだった。
日曜話は楽しかったが、スポーツの苦手な私は、その点でオヤジを失望させた。休日の午後、オヤジは近所の子供たちを集めて野球を楽しんだが、息子たる私は常にベンチからの解説に終始した。もっとも福岡転勤の時は、近くの百道(ももち)の海水浴場にオヤジとオフクロはよく連れていってくれたし、自転車にも乗れるようにしてくれた。
オヤジは同じ失敗を二度と繰り返さぬことを条件に、最初の失敗は許した。これでどれだけ子供が伸び伸びできたことか! なかなか真似はできない。
オヤジは、一人息子に一人息子がまたできた時、喜んで孫をまた日曜話の世界に引きこんだ。よくしたもので、孫もまた私以上にオヤジになついたものだ。二代にわたるオヤジ=ジジの存在は、本当に大きかった。
70才を過ぎてまもなく病を得て亡くなったが、今でも私達の所に時折、かえってきたなと思わせる瞬間がある。オヤジに見守ってくれよなと、その度に話しかけている。いいオヤジだったもの。
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source : 文藝春秋 2022年12月号