著名人が父親との思い出を回顧します。今回の語り手は、ふかわりょうさん(タレント)です。
それはまるで、海で溺れる子を助けるようでした。
私が小学校低学年の頃だったと思います。夏の甲子園で優勝した地元の高校が凱旋パレードを行うとの報せに、家族で新横浜駅に向かいました。雑草の噴き出した空き地が囲む駅に人が押し寄せ、人が人を呼び、みるみるうちに観衆が膨らんでいきます。駅前に広がる群衆の海。そこへ高校球児たちが姿を現すと、さらに会場はヒートアップし、波がうねり始めました。
「押すなー、押すなー」
響(どよ)めきと歓声と悲鳴の中で、父は私を抱え、叫んでいます。父の胸にしがみつく私は、ただ、ビーチサンダルが落ちてしまわないように、必死で足先に力を込めていました。身動きが取れないまま、右へ左へと揺さぶられ、いつ将棋倒しが起きてもおかしくない状況。
その時、母や兄たちがどうしていたのか。どのように海は穏やかになり、普段の広場に戻ったのか。実際、怪我人などが出たのか。よく覚えていませんが、サンダルを失うことなく帰宅できました。
父は私にピアノを習わせました。男でピアノを習うなんてと逃げていたのですが、幼少期からピアノを始めたこと、生まれた家にピアノがあったことは、父からのかけがえのないギフトでした。もしもピアノを習っていなかったら、今頃、全く別の場所から景色を眺めていたと思います。
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source : 文藝春秋 2023年1月号