斬新なタッチと色彩で、日本画に新風を吹き込んだ片岡球子(1905〜2008)。小誌の表紙を長年担った松村公嗣氏の恩師でもある。
片岡先生との初めての会話は愛知県立芸術大学入学後のことです。
「松村はビリで入学したのだから頑張りなさい」。瞬時に小生意気な性格を見抜き、浮き足立った私を正す激励でした。日本画修業の始まりです。
学部2年では、油絵の艶に憧れて膠を塗り重ねていると、面白いことをやっているねと声をかけてくださりました。泥臭い実験を褒められたようで有頂天になり、その後も技法研究に情熱を注いだものです。
のちに知りましたが、その頃の先生は膠に代わる接着剤の研究として作品にボンドを使用されていました。NHKの日曜美術館「片岡球子展」の放送でボンドによる作画を再現したいと依頼があり、左右が約2.5メートルに及ぶ200号の作品を調査しました。基底材は和紙ではなく油絵用キャンバスで、なんと指だけで描いておられたのです。油絵具に使用される粉末顔料とボンドはよく混ざり合って発色も美しく、指で直に触れると画面へ情緒的に描けます。先生はこの大きな作品を5日間で仕上げられ、気が付くと指紋が消失されていました。小柄な先生が57〜75歳頃まで約18年間、この方法を貫かれて驚愕しました。
ある日研究会で、青森で働く夏の漁師の絵を先生に見ていただいたときのことです。路銀をやるから今すぐ青森へ行きなさいと言われ、真意もわからず真冬に一人向かいました。吹雪で風はしょっぱくて、凍てつく海には人もおらず、スケッチどころではありませんでした。先生に電話でそう伝えると「それでいい」とだけ仰って切れました。
「絵描きの前に人間を勉強しなさい」
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source : 文藝春秋 2023年1月号