日本経済新聞が年末に発表するヒット商品番付。2022年、東の横綱は「コスパ&タイパ」、西は「#3年ぶり」だった。「タイパ」は「タイム・パフォーマンス」の略。「#3年ぶり」はコロナ関連の規制が緩み「3年ぶりに◯◯した」というツイートが多かった、という意味だろう。いずれも「商品」でも「サービス」でもなく「社会の傾向」だ。そんなものを「今年の横綱」と呼ばねばならぬほど、今の日本企業はヒット商品を生み出せなくなっている。
世界を見渡せばイノベーションが止まっているわけではない。2022年上半期(1〜6月)の世界市場でのEV販売台数は前年同期比83%増の309万台で、新車全体の8.2%を占めた。日本でのEV比率はようやく1%に達した段階だが、中国のEV比率は16%を超えている。世界EV市場の二強は米テスラと中国・比亜迪(BYD)だ。注目すべきは世界のEV市場を牽引しているのがGM、フォードやフォルクスワーゲン、ダイムラーといった自動車大手ではなく、テスラ、BYDというニューカマーであることだ。
経済学におけるイノベーションの定義は「創造的破壊」。大勢の従業員や株主を抱え、「今そこにある利益」を守らなければならない大企業は既存の事業を「破壊」できず、「イノベーションのジレンマ」に陥る。国単位でイノベーションを進めたいなら、経済の細胞である企業そのものを古いものから新しいものに代謝しなくてはならない。日本は米国や中国に比べて、「代謝」が極めて遅い。
それを象徴する事件が2020年に起きた。米IT大手のアルファベット(グーグル)、アップル、メタ(フェイスブック)、アマゾン・ドット・コム、マイクロソフトのいわゆる「GAFAM(ガーファム)」の株式時価総額が560兆円を超え、東証一部上場約2170社(当時)の合計を上回る屈辱的な状況が生まれたのだ。GAFAMで最も古いマイクロソフトでも創業は1975年で設立50年未満。それでも米シリコンバレーでGAFAMは「古い会社」と呼ばれ、破壊を目論むニューカマーが続々と現れている。
起業を忌避する日本人
明治生まれの百年企業が「名門」と尊ばれる日本社会の根底には「寄らば大樹の陰」という国民性がある。仕事柄、若い人から就職相談や転職相談を受けるが、「停年まで安泰な会社を教えて欲しい」という要望が多い。「こんな仕事をしてみたいがどの会社に入ればいいか」と言う野心家もいるが、「どうやって会社を作ればいいか」という「起業」は選択肢にない。親世代にはリクルートの江副浩正氏、ダイエーの中内㓛氏、西武鉄道グループの堤義明氏ら創業者、オーナー経営者の惨めな末路が記憶に残り「起業して成功しても、幸せにはなれない」と、起業アレルギーが子供世代に受け継がれている。
宇宙ベンチャーのスペースXで民間企業として初めて人類を宇宙に送り込んだテスラ創業者のイーロン・マスク氏や、同氏と宇宙ビジネスで火花を散らすアマゾン・ドット・コム創業者のジェフ・ベゾス氏は、サラリーマンや役人が務まりそうにない変わり者で、既得権益を容赦無くぶち壊す破壊者である。米社会では「ヒーロー」と称賛され、そうした人の元にトップレベルのエンジニアや兆円単位のカネが集まる。日本で既得権益に挑んでいるのはソフトバンクグループの孫正義社長や、楽天グループの三木谷浩史社長らだが、日本社会は彼らをマスク氏やベゾス氏ほどリスペクトしていない。カネと人材は名門の大企業に集まり、新しいビジネスを始めようにも政府の規制でがんじがらめになっている。
岸田政権は「人への投資」を掲げ、科学技術・イノベーション、スタートアップ、GX、DXの4分野に重点を置き官民の投資を加速させることを表明している。しかし「イノベーション」が「破壊」であるとの前提に立てば、政府が破壊に投資するのはあり得ないシチュエーションだ。破壊とは常に権力の外からもたらされるものである。冷戦が半導体やインターネットを生んだ副次的な効果はあったとしても、イノベーションの歴史に「政府の予算措置で生まれた革新」など一つもない。イノベーションを生み出すのは、いつの世も組織に馴染まないパラノイド(偏執性の高い人間)だ。資本主義とは、パラノイドに資本市場が巨額のカネを流し込み、何千、何万倍に富を増やす仕組みである。革新的なイノベーターを生み出すのは政府ではなく市場である。
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