黒田時代の「負の遺産」を総括せよ
日本銀行の新総裁に経済学者の植田和男元日銀審議委員が事実上、決まった。衆参両院の同意などを経て、想定どおりに進めば4月9日に就任する予定だ。
私は1996年から3年間、日銀の企画課長を務め、このうち98年からは正副総裁と審議委員で構成される金融政策決定会合の運営と、金融情勢をレポートする立場だった。植田氏が審議委員を務めたのは98年から2005年なので、最後の1年は多くの接点があった。
理論と現実の一方に偏ることなく、両者を丁寧に検証しながら議論を進める植田氏は、当時、時間軸政策と呼ばれた「フォワードガイダンス」の導入に大きな役割を果たした。日銀内の信頼も厚かった。次期副総裁の内田眞一日銀理事は私の5年後の企画課長だ。金融政策の運営に長く携わり、芯が強い。もう1人の次期副総裁である氷見野良三前金融庁長官は、金融システムの専門家。国際会議の議長も数多く務め、淡々としながらも説得力に富む語り口には海外でもファンが多い。
今回は2013年以来の総裁交代となるが、新体制を待ち受ける道のりは険しい。10年間に蓄積された負の遺産が、あまりにも大きいからだ。
黒田東彦(はるひこ)氏が日銀総裁に就任してから実施された「異次元緩和」によって、市場機能は大きなダメージを受けた。その結果、後述のように企業の新陳代謝の遅れが生じて経済の活性化が阻(はば)まれた上に、財政規律のゆるみ、金融システムの弱体化と、さまざまな副作用が生じている。
なぜ、日本経済はこうした袋小路に追いつめられてしまったのか。そして植田新総裁は、そこから脱却するために、何をなすべきなのか。そうした点を論じるためには、まず時計の針を戻して、異次元緩和が開始される前後の状況をふりかえっておく必要がある。
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source : 文藝春秋 2023年4月号