トキワ荘の「紅一点」と言われて

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 漫画家としてデビューしたばかりの私が、東京都豊島区にあるアパート・トキワ荘の住人になったのは昭和33年。18歳のときだった。すでにトキワ荘に住んでいた、同じく漫画家の石森章太郎さん、赤塚不二夫さんと「U・マイア」というペンネームで合作を始めるためだ。

水野英子氏 ©文藝春秋

 よく知られているように、トキワ荘は漫画家の梁山泊というべき場所だった。最初に住んだ手塚治虫さんは、すでに人気作家として、別の場所に居を構えていたが、その頃には、藤子不二雄の藤本弘さんと安孫子素雄さんなども住んでいた。すでにいた皆さんは「女の子が来る!」と盛り上がったそうだが、ジーパンをはいた男の子みたいな私の姿に、みんな驚いたそうだ。

 じつはこのとき、2度目の上京だった。中学卒業後の16歳のとき、講談社の丸山昭さんの招きで、郷里の下関から数日間だけ上京したことがある。手塚先生の「リボンの騎士」の担当だった丸山さんが、先生のお宅にあった私の原稿を見たのがきっかけだった。東京で手塚治虫先生に初めて会った感激は忘れられない。長身でやさしく、いつもニコニコ笑っていた。緊張しすぎて、何を話したかすら覚えていない。この年、「少女クラブ」でデビュー、本格的な漫画家人生が始まった。その後、合作のため、上京してトキワ荘に住むことになった。

 下関ではマンガの話ができるような友だちはおらず、マンガを描いていることすら、だれにも話していなかった。先日亡くなった松本零士さんが小倉にお住まいで、関門海峡を渡って遊びに来てくださり、マンガの話をしたのが、唯一と言ってもよい経験だった。ちなみに、松本さんとは、上京後もよく遊び、しばしば私を「幼なじみ」と呼んでくれた。上京後、一緒に手塚先生と映画に行ったこともあった。

 そんな私が、トキワ荘では、好きなだけマンガの話ができる。「紅一点」とは言うものの、浮いた話などはいっさいなく、ひたすらマンガを描いて、マンガの話をして、映画を観てと、本当に楽しかった。

 トキワ荘には私以外にも、皆の世話をするために、安孫子さんのお母様や石森さんのお姉さんなど、女性が何人もいた。石森さんのお姉さんは、美人でやさしく皆のマドンナだったが、病気がちでもあった。ある日、お姉さんが倒れ、皆で病院に担ぎ込んだ。入院したので一安心と、石森、赤塚さんと映画を観にいった。帰ってきたところ、お姉さんが亡くなったと伝えられて、皆で呆然としたことを覚えている。他のだれも、あの日に見た映画がなんだったか思い出せなかったが、私は「マダムと泥棒」だったと記憶している。

 その後、石森さんが多数の連載で忙しくなったこともあり、合作は解消。私もいったん下関に帰った。7ケ月のトキワ荘での生活であった。

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source : 文藝春秋 2023年5月号

genre : エンタメ 読書