「正しいことをしたければ偉くなれ」と大ヒットドラマの登場人物が言っていたのは何年前のことだろうか。
その言葉は、ドラマプロデューサーになることを夢見てその頃すでにTBSテレビでADとして働いていた私にとって魔法のような言葉で、ああ、今これだけつらくてもこれだけ不条理なことに溢れていても、どれだけ自分の信じる正しさから離れていくようでも、まだ過程なのだ、だから大丈夫、と思えた。しかしいつの日かそれは「だから今は頑張ってやりたくないことをやろう」という自分への呪いの言葉になっていったのだった。
それから数年が経ち、「やりたいこと」をやるためにがむしゃらにやりたくないことをやってきたはずが、気づいたら偉くなる前にその組織における道が閉ざされてしまった。自分の存在意義を全て失ったような気持ちになって心身を壊し、仕事を長く休んだ。ベッドから全く起き上がれない時期を経て少しずつ回復し、ようやく映画が観られるようになった時にたまたま観た映画で「やりたいことだけやっていていいですね」という言葉に対して主人公が、「やりたくないことはやらないだけなんです」と答えるシーンに出会った。ひどく胸を打たれた。そこで自分にかかっていた呪いの正体を知った。
「やりたくないことはやらないですむところにいこう」。そう決めて転職活動をし、テレビドラマを作る環境として最高の職場である関西テレビに就職した。「大豆田とわ子と三人の元夫」「17才の帝国」「エルピス」と、心からやりたいと思うドラマだけをプロデュースすることができた。やりたくないことには「NO」と言える環境になった。だから今私はとってもハッピー!……とはいかないのが人生であるようだ。
「エルピス」の台本作りを終え、もう一度脚本家の渡辺あやさんと連ドラを作りたいと思い打ち合わせに臨んだ去年の初冬のことだ。「このテーマで脚本を書いてほしい」とあるテーマを渡辺さんに提案した。自分としては渾身のテーマだったし、一視聴者として渡辺さんの書くこのドラマを観たいと切実に思った。しかし渡辺さんの回答は「私はそのテーマに興味があるけど、佐野さんは興味がないように見えるから気が進まない」というものだった。もっというと、「自分がやりたいことではなく、自分がやるべきことを考えているように見える」と。ガーンと頭を打たれたような衝撃があった。
やりたくないことをやらなくていいようになったり、プロデュースしたものが評価していただけるようになったりしたことで、知らず知らずのうちに私は「ステップアップ」したような錯覚に陥り、「もっとこういうことをやらねば」「今こういうものが必要なのではないか」という、もうどの目線から言っているのかわからない愚かな「こうあるべき正しさ」に取り憑かれてしまっていたのだった。ああ恥ずかしい。
「やるべきこと、のために何かをやろうとするのはエネルギーが必要。放っておいても考えてしまう、お風呂の中でも考えてしまうようなあなたの好きなこと、やりたいことをやるのが一番の省エネなんですよ」ということを渡辺さんは言ってくれた。省エネ。
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