忍者ってなんだ

山田 雄司 三重大学教授
ライフ 歴史

 今年の2月に『忍者学大全』という560頁の“鈍器本”を東京大学出版会から刊行しました。忍者食から忍術書の研究にいたるまで、網羅的な内容なのですが、おかげさまで好評です。しかし、編著を担当しておきながら、正直に打ち明ければ、私は以前から忍者に関心があったわけではありません。専門は歴史学です。

 忍者研究の発端は、2012年に三重大学が地域貢献として、伊賀市・上野商工会議所とともに「伊賀連携フィールド」を設置したことです。そこで20年ほど、菅原道真、平将門、崇徳院という「三大怨霊」や「祟り」など、やや亜流の研究をしていた私が大学側のまとめ役となり、伊賀・甲賀を中心に各地の古文書や史跡の調査が本格的に始まりました。

 忍者は海外でも漫画『半蔵の門』や『NARUTO』、映画『忍びの者』などのフィクションを通してよく知られているのに、学問的な研究は日本ですら行われていなかったのです。研究をはじめた当初は「忍者なんているはずがない」「時流に乗ってキワモノの研究をしている」と批判されました。しかし、それまで研究がないことは新しい分野を切り拓くことができることも意味しますから、研究者冥利に尽きます。日本の歴史学の“亜流”にいた私だからこそ、できることがあるのではないかと思うようになりました。

 ところで、皆さんは「忍者」にどのようなイメージをお持ちでしょうか? 研究を始める前の私は、子どもの頃に観た、特撮の『変身忍者 嵐』のおぼろげな記憶や、「黒装束に身を包み、手裏剣を投げる」という世間一般でも思われているようなイメージがあるだけでした。

©時事通信社

 いまだに謎が多いので、「忍者とは何者だったか」という問いに正確に答えることは難しいのですが、これまでの研究で明らかになったことを述べておきましょう。忍術は、広辞苑を引くと「間諜・暗殺などの目的で~」と書かれていますが、江戸期の忍術書などでは、特に暗殺についての記述は見当たりません。

 史料から明らかになるのは、忍者が時代によって、その職能を大きく転換させているということです。なかでも、忍者全盛期の戦国時代から、その後の江戸時代へといたる時代の経過は特筆すべき変化をもたらしました。

 戦国時代の忍者は、集団行動が基本であり、いわば「大名や領主が恐れる傭兵集団」です。当時の忍者も諜報活動はしているのですが、戦乱の世ですから、城の乗っ取り、火攻めなどをしていました。普通の武士と大きく異なるのは、忍者は「火の術」に長けていることです。伊賀・甲賀の限られた忍びの家に保存され、最も体系だった忍術書である「万川集海(ばんせんしゅうかい)」でも、その後半は「火の術」についての記述で占められているほどで、忍者は火に強い。島原の乱でも、熊本の忍者が鼠の糞を集めて火薬を作っていることが史料で確認できます。

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source : 文藝春秋 2023年7月号

genre : ライフ 歴史