16歳の夏、私はウクライナにいた。6月終わりから約1週間、現地で開催される「国際生物学オリンピック」に参加するためだった。高校入学以来3年間、大学レベルの生物学を学び続け、5000人の候補から母国トルコ代表4人のうちの1人に選ばれた。生れて初めて訪れた外国だった。
1996年、キーウの街はまだソ連だった。いや、もちろんソ連は数年前に崩壊したはずだったが、街のそこかしこに名残をとどめていた。空港のセキュリティチェックには、共産主義の国らしく大きな軍帽をかぶった、いかめしい兵士が立ち、軍事博物館に行けば、ソ連製T-34戦車や昔の戦闘機が並んでいた。祖国を守るためナチスドイツを打ち負かした栄光の記憶だった。
フレンドリーでとても親切な現地の学生がキーウの街を案内してくれた。ところが食料を買いたいと思っても、スーパーマーケットがない。みやげ物屋に行くとソ連グッズであふれ、本物か偽物かわからない勲章が売られていた。
物価は安かった。「まだまだソビエトだなあ」と思った。街の中心にあったレーニン像の前で、私たち4人はコカ・コーラを手に記念撮影した。トルコはNATOの一員だからソ連に勝ったぞというわけだ。
その後、同行の先生2人とともに会場のクリミア半島アルテックに向って寝台列車で南下した。
車窓にはどこまでも続く平野が広がっていた。トルコの大地は岩山だったり砂漠だったりで、緑はそれほど豊かではない。しかしウクライナの緑の平野はどこまでも続いていた。田舎の駅に停車するたびに、果物売りが乗り込んで来た。洋ナシやリンゴがかごにたくさん入っていた。
あの光景の美しさは今でも目に焼き付いている。今回の戦争であの国が欧州有数の穀倉地帯であると報じられるたびに、あの豊かな、美しい緑の平野を思い出す。
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source : 文藝春秋 2023年7月号