夏休み大作の目玉『インディ・ジョーンズと運命のダイヤル』を観に行った。四十代のインディが列車の屋根の上でナチスと大乱闘、時代下って老境にさしかかってもなお馬で駆け回り、トゥクトゥクでチェイスし、飛行機から飛び降り、一九八〇年代に撮影されたシリーズ以上のアドベンチャーを繰り広げている。
一緒に観に行った小学生の甥が「トンネルに潜った汽車の上は危なかった」と喜んでいたのに、水を差す気はない。だけどハリソン・フォードはバイデン大統領と同い年。四十代のインディの場面は、フォード自身はほぼ危険な目に遭わず、特殊メイクも施さずに仕上げられただろう。鍵を握るのはやはり生成AIだ。
アメリカの俳優組合(SAG-AFTRA)が、映画テレビ製作者協会を相手取って大規模ストを行っている。要求には、「生成AIでの俳優の容貌のスキャンによる再利用の規制」が含まれているという。
十六万人の組合員の多くは小さな役でエキストラ的な出演をしながら生計を立てているそうだが、生成AIの活用によって、彼らの容貌や動きのデータは撮影に一日参加すれば会社にストックされ、あとはそれが再利用されて、もう撮影には呼ばれなくなる。一日の撮影報酬だけで出演してもいないカットや作品で自分の姿や演技が半永久的に「生成され」、仕事の機会や報酬は減っていくという。
それはひどい……と思う。でも、百人エキストラを呼べば、百人分の衣装やメイクに、待機場所や食事も用意せねばならない。それらがパッと消える魔法の杖を目の前にぶら下げられれば、財布の紐を握る人々は誘惑に抗わない。
アナログな撮影法がほとんどの私には、遠い話に感じられる。しかし例えば人間の声も、一定の情報量がPCに取り込めれば、別の人が喋っても本人の声に置き換えられる技術が完成しているそうだ。
撮影後に編集していると、「台詞を直せれば」とか「ナレーションがあれば」と思いつくことがある。「ごめんね」のたった一言でも、スタジオを押さえ、俳優を呼び寄せ、録音技師とオペレーターに頼んでアフレコを行うのが通常だ。でも、もし私が代わりに彼らの声を再現できるなら、どんなに時間と労力とお金が節約できるだろう……と夢想した。ちょっとだけならいいじゃないか。手間なし、無駄なし、気遣いなし、みんなハッピーだろ?……魔法の杖に、すぐにでも手が伸びてしまいそう。けれど、「ちょっと」がやがてなし崩しになり、根こそぎ取って代わられ、人の生活や尊厳が削られていく。そのことに最初は多くの人が気づかない。
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source : 文藝春秋 2023年9月号