内田也哉子氏は、3月18日、脳科学者の中野信子氏との共著『なんで家族を続けるの?』(文春新書)を上梓。樹木希林と内田裕也の娘として育った「家族の苦しみ」を赤裸々に明かしている。
一方、西川美和監督は、5年ぶりとなる新作『すばらしき世界』が公開された。そんな2人をつなぐのは内田氏の夫である俳優・本木雅弘。西川監督の『永い言い訳』(2016年公開)で主演を務めた。
不思議な縁をもつ2人が「家族と人生」を赤裸々に語り合った。
内田氏(左)と西川氏
2人をつなぐ本木雅弘
内田 西川さん、ご無沙汰しています。昨夜は本木(雅弘)にメールをいただき、ありがとうございます。
西川 「也哉子さんと対談することになりました」とメールを差し上げると、「也哉子も緊張しているようですが、本番に強そうな2人のことだから、きっと大丈夫でしょ」と返信をいただきました。今日私たちが会うこと、也哉子さんがどういう気持ちでいるかも、ちゃんと家の中で対話されてるんだから、やっぱりいいご夫婦だなと思った次第です。
内田 私にとって西川さんはなんだか夫のお姉さん、あるいは夫の元カノみたいな感覚です。
西川 私のほうが也哉子さんより付き合いが古いってのはおかしいでしょう(笑)。
内田 そもそも本木が9歳も上だからお姉さんはないですね。ただ精神年齢がうんと違うもので。
「やっぱりダメだった」と頭を抱え……
内田 本木について書かれた西川さんのエッセイを読むと、彼の如何ともしがたい悩み抜く生きづらさ、でも時に大事なことがすっぽり抜け落ちる子供っぽさなどが全部書かれていて、彼のことを完全に理解されていることが分かります。
西川 当時、本木さんは、底なし沼にはまったかのように役作りに悩まれていまして。監督である私がOKを出しているのに、延々、「やっぱりダメだった」と頭を抱えてる。「いいから次行きましょうよ」「でもなあ、でもなあ」とその繰り返し(笑)。
内田 監督と役者の立場で接するのは、もしかすると夫婦関係よりも濃いコミュニケーションがあるんじゃないかと思ってしまうんです。
西川 私は独身で、夫婦関係を経験していないから、よく分かりませんけど(笑)。
内田 夫のことをすべて知られている気恥ずかしさも含めて、西川さんにはなんとも言えない親密感を感じるんです。もうこれはお姉さんか彼女じゃないかと(笑)。
本木氏(右)と西川氏
結婚直後に離婚の話し合い
西川 也哉子さんとは、『永い言い訳』が招待作品となったローマ国際映画祭でお会いしたのが初対面でしたね。あのときも本木さん、大変そうでしたよね。一生懸命、イタリア語でのスピーチを練習に練習を重ねていたのに、本番で納得いく出来にならなかった。周りから見ればパーフェクトなんですよ。すると、その後の日本語での質疑応答で詰まっちゃったんですよね。記者の質問が変化球で、ペースが崩されちゃった。
内田 あたふたして本当に空回りしちゃっていましたね。本木にありがちなんですが、期待に応えたい一心で自ら勝手に期待値を上げてしまい、そこから少しでもズレると、修正できなくなっちゃうんですよね。
西川 自分で作った山で遭難する(笑)。会見後に也哉子さんから「西川さんみたいに思ったことを思ったように言えばいいだけじゃない」って叱られていた。
内田 あっ、聞こえていました?
西川 本木さんがすっかり落ち込みながら、ぐずぐず言い訳しているのも聞こえていました(笑)。
内田 まさに永い言い訳満載の日常生活の一コマを見せてしまいましたね。本木は普段から常に気を遣い過ぎて、自宅にいてもくつろげてないタイプ。私は15歳で本木に出会ったのですが、それまでの人生に存在しなかった生態をもつ人間でした。その頃、私はフランスの詩人、ジャン・コクトーが好きで、生まれて初めて観た映画が『恐るべき子供たち』だという話をしたら、本木はコクトーの本などを収集し、ゆかりの地を旅するぐらい好きで、ティーンエイジャーが知らない知識をいっぱい持っていた。その時に感じたときめきは男性に対する感情というより、憧れのお姉さんのようでした。
西川 でもローマのホテルでお2人がテーブルで朝食をとっている姿は忘れられないですよ。結局この2人はちゃんと向き合って、朝から会話を交わしながらご飯を食べるんじゃないかと。本当に大人っぽくて素敵だった。でも対談本を読むと、結婚後、早々にお2人が離婚について話し合っていたとありましたよね。
内田 15歳で本木と出会って、文通をはじめ、17歳でプロポーズ、19歳で結婚するまで、一度も真剣な恋愛をしたことがなかった。だから結婚生活に対して、恋愛の延長のような期待を膨らませていたんですね。でも本木と一つ屋根の下で暮らしてみると、価値観もカルチャーもあまりに違って、ショックの連続でした。昨年、銀婚式も済ませましたし、今では本木の価値観を受け入れているものの、でもいまだに本木というラビリンス(迷宮)の鍵を私は手に入れていない、まだその扉の前に立ててさえいないかもしれません。
裕也と同じ種類の主人公
西川 本木さんは観察眼が鋭いので、些細なことも徒や疎かにできない緊張感がありますけれど、お仕事するのは面白いですよ。面倒くさい俳優という点では日本一ですが(笑)。
内田 監督人生初のタイプですか。
西川 前代未聞です。確かに細かい。手がかかる。だけど笑っちゃうんですよ。どこか愛らしさがあって、誰も嫌いになれない。お見事ですよね。
内田 いや皆さん、本当のことを言わないだけかもしれない。
西川 そんなことないですよ。本木さんは年齢を重ねられてあの境地に至ったのか、若い時から資質があったのかわかりませんが、皆さん、あのパーソナリティに搦(から)めとられていくというか、虜になっちゃう。
内田 それを狙っているのかな?
西川 いやいや。ご本人はあれでも周囲に面倒かけたくないと考えているようで、いつもがっくり反省しながら帰って行かれますから。
内田 西川さんの最新作『すばらしき世界』を拝見しました。こんなすばらしい作品を作ってくださってありがとうございますと、お礼を言いたい。観客は自分の人生とまざまざと照らし合わせて作品を鑑賞すると思います。
実は、今日(3月17日)は、父、裕也の命日です。早いもので三回忌になるのですが、私が生まれた頃から父はずっと不在で、私たちの生活に足を踏み入れないまま逝ってしまいました。生涯で顔を合わせた時間は、たぶん数十時間です。それでも父は私の人生にものすごいインパクトを残している。それは一体何なのか。映画の主人公の「三上」も破天荒な生活だったけど、誰よりも力強く生き抜くインパクトは、父と同じ種類のものだなと思いました。
父は病院で早朝に一人で息を引き取った。その前夜、ニューヨークの大学に通う孫娘の伽羅が帰国し、成田から病院に直行していました。彼女が「来たよ」と言うと一瞬目を覚まして、「うんうん」とうなずくうちにスーッと眠ったんですって。伽羅は起こさないように、そーっと病室を後にして、たぶん逝ったのはその数時間後のことです。あんなに人間が好きで、ケンカばかりしては他人を巻き込んで生きてきた裕也が、独りぼっちで最期を迎える姿が三上と重なるんですよ。
西川 そんな観方をされていたんですか。
『すばらしき世界』
©佐木隆三/2021「すばらしき世界」製作委員会
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source : 文藝春秋 2021年5月号