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【イベントレポート】最強の「現場改革」 ~日本のものづくり、小売り・流通・サービスを支える「現場の力」 -自立、改善、熱源のマネジメント~

 

■企画趣旨

日本のものづくり、小売り・流通・サービスを支える「現場の力」は、従業員のこだわり、問題意識の高さから、高品質、高機能、高付加価値、高効率を生み出し、製造業のみならず、全ての産業において、成長の大きな原動力となっていました。しかしながら21世紀を迎え、国際競争の激化やデジタル化の進化により、コスト削減や省力化を重視した結果、変化を嫌う熟練社員の退職、アウトソーシングによる現場不在が招く組織力の低下など、日本の強い現場という競争優位性が徐々に失われてきました。

こうした中、成長を模索する経営者は、かつての「現場至上主義」の良さを残しながら、現場が培ってきた経験や勘をデジタル技術で仕組み化、自ら問題点を発見・改善、さらには知恵を組織全体で共有することで、変化に強い組織を創り出すことに活路を見出そうとしています。

今こそ経営者には、働き方改革、生産性・品質の向上、従業員の自律、業務効率化など現場の声に十分に耳を傾け、現場とマネジメントが一体となり熱をもって課題解決を進めていくことが、求められているのではないでしょうか。

本カンファレンスでは「最強の“現場改革”」をテーマに、現場改革の権威、実践者をゲストに迎え、現場力の土台となる組織風土改革、人材育成、人材教育、デジタル活用による現場力の向上の仕組みづくり、さらにはこれからの日本企業の勝ち筋について考察しました。

オープニングスピーチは、文藝春秋と共に本カンファレンスを主催するスタディストの木本氏が務めました。同社は「伝えることを、もっと簡単に。」をミッション、「知的活力みなぎる社会をつくる」をビジョンとして掲げ、クラウドサービスやコンサルティングサービスを提供しています。マニュアル作成・共有システムの『Teachme Biz』は2年連続でシェア30%以上のNo.1、口コミサイトでも最上評価を獲得しており、様々な現場で活用される製品の事業者として本イベントの見どころを説明した。

■オープニングスピーチ

 

株式会社スタディスト
社長室・Teachme Biz プロダクトマーケティングマネジャー
木本 俊光氏

私自身も、お客様の現場での実践事例、研究知見をもとに、サービス/製品開発に日々かかわっている。今回のカンファレンスでは、「現場」「現場の改革」を語ることのできる第一線で活躍中の方に登壇いただく。本日の現場の話、情報、考え方から得られること、持って帰ることのできる学びは多いはず。異業種や異なる部門からこそ、積極的に多くの事例やエッセンスを学び取り入れていただければ幸いだ。

■基調講演

開かれたものづくり
-業種を超えて学ぶ“現場の力”-

 

早稲田大学
ビジネス・ファイナンス研究センター 研究院 教授
藤本 隆宏氏

1979年東京大学経済学部卒。三菱総合研究所、ハーバード大学博士課程を経て、1990年~2021年東京大学経済学部助教授・教授・ものづくり経営研究センター長。専門は技術・生産管理、進化経済学。日経図書文化賞、組織学会高宮賞、新郷賞、日本学士院賞・恩賜賞、日本建築学会著作賞等。

広くは「デジタル化時代・賃上げ局面におけるものづくり現場の“流れ改善”と生産性底上げ」というテーマで話す。社会科学者としての私の専門は、現場の観察から始める産業経済学・産業経営学だ。

◎平成の「産業30年戦争」の結果/円安局面の日本製造業

1990年~2020年の「ポスト冷戦期」も、国内製造業の能力構築は続き、その付加価値生産性は30年で約2倍になった。製造業はGDP約500兆円の20%以上を担い、今も約1000万人が従事する、グローバルコスト競争の苦境に耐え存続してきた国内製造現場は強い。

とはいえ、低生産性の現場は製造業にも非製造業にも未だ多い。他方で人手不足は既に各地で顕在化し、賃金上昇とコストプッシュインフレも30年ぶりに始まった。これらの課題に対処するため、産業・企業・現場の生産性向上はいまや地域全体の最重要課題である。

今後は、製造業と非製造業が互いに学習する「開かれた(広義の)ものづくり」が重要だ。既に国内製造業強化の機は熟している。冷戦終結後に日本の約20分の1の賃金で「世界の工場」になった中国も、2005年頃から賃金高騰が始まり、今は日本の2~3分の1。高生産性ならひっくり返せる。「国内工場はコストで必ず負ける」という思い込みは捨てるべきだ。

実際のデータを見ても、日本の製造業は衰退してはいない。工業製品の輸出額は2022年は約90兆円で史上最高だった。工業製品の輸入額も急増したので、工業製品の貿易黒字は30兆円弱。原料・燃料・食糧など一次産品の輸入額激増で、全体の貿易赤字は約20兆円だったが、むろん製造業の衰退が原因ではない。工業製品の貿易黒字額は30年間、20~30兆円で推移しているのだ。むしろ日本製造業の逆境下の粘りは凄かったと見るべきだ。

当分続くであろう円安局面において、日本の輸出製造業は輸出財の円建ての付加価値が拡大する。「設備投資増⇒輸出拡大・増産⇒価格・付加価値アップ⇒利益・賃金同時アップ⇒人員確保と生産性向上で増産」という良循環で先行できるのは、輸出可能企業である。

 

今回の円安のような短期的変動とは別に、日本製造業の競争環境は、30年かけて長期的に徐々に改善してきた。(1)国内工場の自助努力による生産性向上、(2)中国との賃金格差縮小、(3)サプライチェーン混乱による海外顧客の納期重視、(4)日本製品の高品質イメージの保持、(5)サスティナビリティ指向による最適設計(インテグラル型)物財の需要堅調は、円安に関係なく生じていた。かくしてものづくり現場改善・生産性向上の機運が高まっている。

◎デジタル化と地域経済/地域の生産性向上の本格化へ

デジタル化と地域経済を考える際の要諦は、以下の3つと考えられる。

(1) 賃上げ・人出不足の時代には、地域全体で「生産性向上運動」が必要になる。
(2)    生産性向上のためにはまず「現場サイエンティスト」をリスペクトすべきである。
(3)    現場サイエンティストに「付加価値の流れ」意識を注入
し、全体最適指向を強めた上で、現場重視のデジタル技術・データサイエンティストを投入すれば効果的である。

手段と目的を混同した「DXのためのDX」や闇雲なデータサイエンス投入は既に失敗した。まず、現場に科学的な改善マインドを注入した上で、“現場サイエンティスト”のデジタル教育を行う一方、データサイエンティストの現場教育も行い、彼らを並走させるのが良い。

地域経済全体に賃上げが急速に波及している。利益増大の輸出企業が先頭に立ち、積極的中小企業が追随し、消極的だった企業も賃上げ吸収・人員確保のため追随する。特に、国内競争が厳しく価格転嫁をしにくい産業では、計算上、生産性の向上しか道はないのである。

 

◎産業競争力分析のCAPアプローチ/「大きなSDG」を同時に考える

産業分析の基本は、Capability(組織能力)、Architecture(設計思想)、Performance(競争力)のCAPアプローチだ。現場のCと現物のAの動態的適合が、産業競争力Pを高める。

P:競争力とは「選ばれる力」だ。現場の「裏の競争力」、商品の「表の競争力」、企業の「収益力」を重層的に理解しよう。A:「アーキテクチャの比較優位説」で「勝てる製品」を見極め、既成の産業分類に囚われずに現場現物から日本の産業競争力を見極めよう。C:多能工のチームワークによる「統合型ものづくり組織能力」が、強い日本企業を支えている。

生産性向上のための現場改善の出発点は、改善チームが良い「流れ図」を書いて共有し、付加価値(設計情報)の流れを正確に掴むことだ。開発・購買・生産・販売・サービス等が全体最適で連携し、「良い設計の良い流れ」を作るのが「広義のものづくり」の要諦である。

デジタル化の時代も「良い設計の良い流れ」という産業振興策の原則は不変である。Sustainable(サステナブル)・Digital(デジタル)・Global(グローバル)の3つを常に視野に入れ、この「大きなSDG」の連立方程式を解き続け、良い設計の良い流れで、顧客の人生や商売の改善に貢献するのが、今の「ややこしい時代」における産業人の基本姿勢であろう。

■事例講演(1)

「経営視点」+「現場視点」で進める、ものづくり現場のデジタル改革
~ 1925年創業、老舗メーカーをV字回復させたシンプル思考と経営針路 ~

 

Mipox株式会社
代表取締役社長
渡邉 淳氏

1994年、日本ミクロコーティング(株)(現:Mipox)へ入社。製造現場からキャリアをスタート。国内外の営業を経て半導体部門部門長、海外支援部門長に従事。2007年取締役、業績が赤字に転落した2008年に先代からバトンを引き継ぎ代表取締役社長に就任。社長就任後は、ITツールの導入により営業活動の可視化・情報共有の効率化で全社的な業務改革を行いV字回復を成し遂げる。製造拠点のスマートファクトリー化に向けて製造業としてのDXの取り組み強化を進める。常に挑戦し続け、変革し続ける『100年ベンチャー企業』を目指す。

「塗る・切る・磨くで世界を変える」を使命として掲げるMipox。研磨材を主に製造・販売販売し、塗布加工・研磨加工サービスも手掛けている。製造現場では”できるところから”以下の五箇条を意識しつつ、デジタル化を進めている。

(1) 物事をシンプルに変えていくこと
(2) 常に刺激、変化を与えて活性化する
(3) 公平・校正・透明性
(4) 常にリスクを想定する
(5) 高い視座から「仕組み化」

 

これらは業務改革のベースになる経営視点の考え方だが、現場視点では「シンプル」「透明性」「仕組み化」に特に重きをおいている。キーワード、要諦は以下。

★シンプル=無意識のデジタルへ/ワンクリックでも減らす/手間を無くす
★透明性=Openな状態/見える、見せる/情報格差を無くす
★仕組み化=考えずに/属人化を排除/人に聞かずに済ます

現場での具体例としては、「資産・備品・管理ラベル」をQRコードで統一し、スマートフォンやタブレットでコードを読み込むだけでメンテナンス歴などを含む諸々の情報が全て分かり、当該資産についてのコミュニケーションができるようにしている。生産設備の操作マニュアルや社用車の事故対応マニュアルも同様だ。これにより、誰でも簡単に、聞かなくても、探さなくても、他の人に聞きにくいことも含めてスピーディーに情報に接することが出来る。

「小さな改善、便利に改良」。で、草の根的にデジタルを常に身近に意識させることが大切だ。そこからまたアイデアも生まれ、現場も活性化する。

◎現場からデジタルへ

当社では、現場業務に精通した人をデジタル人材に変えていく施策をしている。製造現場、生産管理、財務管理などからデジタル主管部門へ人材を異動している。オンライン学習システムは、1単元を5~10分程度にマイクロ化し、隙間時間での学習を可能にした。有休取得日数などの労務管理情報や売上関連情報、生産管理関連情報までが、グラフィカルなダッシュボードで見られるようになっている。

シンプル/透明性/仕組み化によるデジタル改革を、ぶれずに愚直に徹底し続け、変わることを忘れない「100年ベンチャー」でありたい。

 

■事例講演(2)

商の工業化による現場改革
~ 作業の標準化と現場での再現性にこだわり、
47,000時間の業務習得時間を削減 ~

 

株式会社ベイシア 商の工業化推進本部
ベイシア・オペレーション パートナーズ(BeOP)
鈴木 伸男氏

「より良いものをより安く」という理念の下、衣食住を扱うショッピングセンターチェーンの経営を主に行うベイシア。カインズ、ワークマン、ハンズもグループ会社だ。

私たちが取り組む「商の工業化」とは、人を機械のように扱うという話ではなく、店舗で「人」でしかできないことに集中していく為の「しくみ」づくりである。おもてなしと効率化のど真ん中を目指し“より良いもの×より安く”を目指す。

 

(1)業務フロー(運用ルール) (2)道具・技術(IT/DX) (3)組織(役割分担)、の三点セットを揃え、労働生産性を上げて新しい「しくみ」構築に繋げるようにしている。

道具・技術。これらの導入は目的ではない。「より良いものをより安く」の為の“手段”の一つであり、経営・マネジメントチームが業務フローを理解していないと、導入しても効果が現れない。業務フローの理解が要諦だ。現状の姿を正しく言語化できないと、何を改善させるのかかが明確に分からない。ベイシア「らしさ」(おもてなし×効率化)のある新しい業務フローを設計して、社内目線を合わせて行く事がリーダーの仕事だ。

組織。道具とマニュアルがあっても勝手に良くなっていくわけではない。職位のある人のリーダーシップと、これらを現場で定着させること、改善をし続けるための組織が必要。当社ではチェーンストアで言うスーパーバイザー(SV)機能をベイシア独自の組織として進化させ、店舗でしかできないことはシンプルにすることで、限られた正社員数で店別バラつきを抑制している。

ただ、SVや店長の現場での継続指導には限界がある。よって「Teachme Biz」もベイシアの“しくみ”作りの手法の一つとして活用している。Teachme Bizは電子マニュアルであるがデジタル専属チームが不要で、誰でも運用できる。現在、管理者は2名(他業務と兼業)で、現状の作業をマニュアル化し、より良いマニュアルへと継続的に改訂し続けている。マニュアル数は約3400件で、年間改訂率15%。最新の情報を従業員に伝えられる改訂のし易さ、使い勝手の良さは高く評価している。

講演のサブタイトルに“4万7,000時間削減”とあるが、削減というよりは「より生産性の高い業務に社員の力を置き換えている」という認識だ。

Teachme Biz の運用にあたっては、作業改善グループ(2名)と本部、店舗の間で綿密な業務フローを構築している。店舗(現場)から、Teachme Bizコメント欄や従業員ポータルサイト経由で改善提案ができたり、「より良いマニュアルアイデアグランプリ」という報償制度のある提案受付施策を行ったりもしている。Teachme Bizを使ってのマニュアル作成の「型」ができてきたところであり、今後は「型があっての型破り」で、DXを進め、曖昧検索機能追加や動画撮影マニュアルAI自動作成などを実現するなどで非連続的成長へつなげていきたい。

 

■特別講演

現場力と組織風土
~現場の“熱”を引き出し“自律”を促す、マネジメントと教育、カイゼンの新定理~

 

株式会社シナ・コーポレーション
代表取締役
遠藤 功氏

早稲田大学商学部卒業。米国ボストンカレッジ経営学修士(MBA)。三菱電機、複数の外資系戦略コンサルティング会社を経て、現職。2006年から2016年まで早稲田大学ビジネススクール教授を務めた。2020年6月末にローランド・ベルガー会長を退任、同年7月より「無所属」の独立コンサルタントとして活動している。多くの企業で社外取締役、経営顧問を務め、次世代リーダー育成の企業研修にも携わっている。SOMPOホールディングス株式会社や株式会社ネクステージ等の社外取締役を務める。

VUCAの時代。Volatility(不安定)/Uncertainly(不確実)/Complexity(複雑)/Ambiguity(曖昧模糊)──乱気流が状態化している中での経営の舵取りは難しい。未来が読めない状況で生き残る唯一の方法は、環境に合わせるのではなく、自社の未来像=ビジョンを示し、そのゴールに向かって進むことである。明確な答えがないわけで、まず実行しながら答えを見出していく。

未来(像)の素早い実現のためには、ありたい姿・あるべき姿(理想)を見据えて変えるべきものは思い切って変える、捨てるべきものは捨てる、ダイナミックに変えるアプローチ、「Future-Pull=Backcasting」が必要である。日本企業は今、未来起点で生まれ変わる「Re-born」が求められている。

「実行」の時代である。卓越した実行能力(Capability)を持つ企業のみが生き残る(戦略1割、実行9割)。実行の当事者である現場の力を取り戻さなければならない。しかし、現場力の土台となる「組織風土」に問題がある会社が少なくない。品質不正・不祥事の多発は、組織品質の劣化が要因である。

日本企業に共通する3つの経営テーマはInnovation(新たな価値創造)/Efficiency(経営効率の最大化)/Culture(風土・文化の刷新)だ。Culture関連では似たような言葉が多いが、一番のベースとなる組織風土とは、働く環境・雰囲気・空気感である。軽やかで、オープンで、イキイキとした雰囲気の現場・組織を目指したい。

上意下達、下から上にものが言えない、横の連携が悪く無関心・あきらめ感蔓延、ミドルが疲弊しチャレンジしない、自責でなく他責にする……こうした風土劣化によりファイティングポーズをとらない、とれない組織は衰退する。組織の感情が劣化する“活力枯渇病”という重傷である。どなる(パワハラ)/ぶれる(意志薄弱)/にげる(決めない)/こまかい(まかせない)/まるなげ(責任放棄)、頭の文字を取った「ドブにコマ」幹部が風土を劣化させる。

組織風土とは組織の土壌だ。企業が競争力を高め、現場力を高め、最終的に果実や花である利益を得るためには健全で良質な組織風土は絶対条件。トップが範を示し、弱いところを放置せず、良いところ(長所)を伸ばし広げる。まずは頭が変わることが重要だ。また、組織風土とは働く環境であり、社員の在り様でもある。社員は、働く環境を主体的に変えることができることを認識したい(現場からの風土改革)。

 

組織風土と組織文化の関係を整理する。組織文化とは、組織のみんなが成功するために大切だと暗黙的に信じていること、である。トヨタの組織文化は「改善文化」である。組織文化はそれぞれの組織の「成功体験」から生まれる。各社固有の価値観、らしさ、スピリットである。

そして組織能力みんなが大切だと信じていることをみんなで実践する力=現場力、である。風土/文化/能力の「3段重ねの跳び箱」をみんなで積み上げることができている組織は、最強である。跳び箱だから、最下段の風土の醸成からやっていくしかない。

現場からこれらのカルチャーを創造できると、持続的な成長につながる。NTNFという言葉を紹介する。これはNo Try No Failure(挑戦しなければ、失敗もしない)ではなく、No Try No Future(挑戦しなければ、未来はない)、No Try No Fun(挑戦しなければ、人生は面白くない)、と捉えるべきだ。価値を生み出す主体である現場が後者2つの意識を持ち、失敗を恐れない積極果敢な会社でありたい。

 

日本企業は人(ピープル)と風土・文化(カルチャー)を一体として扱う必要がある。一番大事なことは、「主体性」を取り戻すことだ。自分から手を上げる、自分から発信する、自分から行動する……そんな現場力、現場の主体性を取り戻すことが組織改革、風土改革である。現場から会社を元気にする取り組みを行って、競争力を高めてほしい。

2023年5月18日(木) オンラインLIVE配信

source : 文藝春秋 メディア事業局