駿台予備学校の英語講師を昭和41(1966)年から約30年務め、「受験英語の神様」と称された伊藤和夫(1927〜1997)。伊藤の駿台での愛弟子で哲学者の入不二基義氏が、師が抱いていたという「哲学への憧憬」を綴る。
伊藤和夫氏は、駿台英語科という組織を、自らの理念を具現化する集団として創り上げ、そのトップとして君臨し続けた。まさに、駿台英語科の、いや昭和の駿台そのものの「象徴」であった。
私も本人から聞いていたし、旧制一高で友人だった英文学者マサオ・ミヨシ氏(カリフォルニア大学サンディエゴ校名誉教授)の著書『抵抗の場へ』にも記されているが、実は青年・伊藤和夫には受験英語を学んだ経験がない。超エリートのプライドからか、「受験参考書」を持ってはいたが低く睥睨していたし、旧制一高を受験した昭和19(1944)年は、英語は敵性語として入試科目から外されていた。
彼自身は、旧制一高時代に、原書講読という「直接経験」によって英語が読めるようになっている。英語だけでなく、ドイツ語・フランス語も同様にして、カントやフローベールなどの原書を読むことで一高時代に習得している。受験業界にあれほどの影響を与え、その参考書は受験生のバイブル的存在だった点を考えると、「受験体験のなさ」は不思議な感じさえする。
いやしかし、その「体験のなさ」は、伊藤氏の理念による組織運営、参考書執筆を、より純度の高いものにしたとも言える。というのも、この場合の「純度」とは、〈伊藤独自の構築性〉であり、その構築は、健康上の理由から諦めた「哲学研究」への憧憬と、権威・伝統への反抗心によって裏打ちされていたからである。反抗心は、予備校的なものの対極としての東大的・学問的な「正統」と、受験産業の「伝統(旧弊)」の両面へと向けられていた。伊藤氏は、言語学・英語学等の学問の威を借ることなく、かつ熟語や公式の抽出でしかない旧来の受験英語に留まることを潔しとせず、学問でもなく、単なる受験英語にも堕さない「第三の道」を構築した。
著書『新英文解釈体系』(昭和39年)から『英文解釈教室』(昭和52年)を経て、『ビジュアル英文解釈 PART I・II』(昭和62年・63年)へと至る歩みは、まさに両面への反抗心に基づく、独自の教授法構築のプロセスであった。受験体験に染まっていないことが、構築性の純度を高めた。
「構築への意志」は、著作の中だけでは収まらず、組織運営における権力性としても発動した。当時の駿台英語科のテキストには、伊藤氏の構文重視の理念がネットワークとして張り巡らされていて、学生たちは伊藤氏の著作を参照することが求められたし、講師陣もまた、伊藤氏の理念を体現する教え方を要求された。この統一体制は、予備校のような場では、奇妙な風景でさえあった(他の予備校ではあり得なかった)。
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