毎年夏に開催される「バイロイト音楽祭」をご存じだろうか。オペラ『ニーベルングの指環』をはじめ、リヒャルト・ワーグナーの演目のみが上演されるフェスティバルだ。ワーグナーを熱烈に愛するワグネリアンのメルケル前首相もたびたび姿を見せているが、かつてはチケットの入手が困難で、クラシックファンの間で“幻の祝祭”として知られる。そんな垂涎の地へ23歳のころから通う、歌人であり作家の小佐野彈さんが今年の音楽祭を現地からレポートする。
欧州各国の歌劇場は毎年6月にシーズンを終える。翌7月からは、「音楽祭」の季節がはじまる。欧州各地や世界中からセレブリティが集まり、ウィーン・フィルなど最高峰のオーケストラによるオペラやコンサートが毎夜上演されるオーストリアの「ザルツブルク音楽祭」。古代ローマ時代の円形劇場を舞台にしたダイナミックな野外オペラ公演で知られるイタリアの「ヴェローナ音楽祭」。イギリスでは資産家のクリスティ家が主催する「グラインドボーン音楽祭」などが知られている。
こうした夏の音楽祭の中の最高峰はなにかと問われると、好みにもよるので答えるのは難しい。ただ僕は、毎年7月末から8月末までドイツ・バイエルン州のニュルンベルク近郊にある小さな町バイロイトで挙行される「バイロイト音楽祭」(Bayreuther Festspiele)こそ最高峰の音楽祭だと思っている。
「バイロイト音楽祭」は1876年にワーグナー自身によって第1回が主催された歴史ある音楽祭だ。会場は、ワーグナー最大のパトロンであった当時のバイエルン国王・ルートヴィヒ2世から資金援助を得て、ワーグナー自身が設計した「バイロイト祝祭劇場」である。パリのガルニエ宮やウィーン国立歌劇場、あるいは東京の新国立劇場まで世界にオペラハウスは数あれど、この「バイロイト祝祭劇場」ほどユニークで、ストイックな劇場はない。
オペラを観るつもりで「バイロイト祝祭劇場」に入った人はまず違和感を抱くだろう。なぜなら、通常の歌劇場ならば必ずあるはずのオーケストラピットがないからだ。いや、正確にはピットはあるのだが、客席からは見えない。バイロイト祝祭劇場のオーケストラピットは、半分が舞台下に押し込まれ、指揮台のある手前側もアール状の覆いで隠されている。
ワーグナーの病的な完璧主義が生んだもの
無論、この特殊な構造はワーグナー自身のアイデアだ。それはワーグナーの病的なまでの完璧主義と、他の作曲家とは異なるワーグナーの立ち位置による。
通常オペラ作品は、台本(リブレット)の作者と作曲家は別人物である。モーツァルトの『フィガロの結婚』や『ドン・ジョヴァンニ』なども、台本はイタリア人脚本家のダ・ポンテの手による。しかしワーグナーは、自身の芸術は細部に至るまで全て自身の手によって成し遂げられることを希求した完璧主義者だ。
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