ドラマ「VIVANT」に潜む闇 正義のためのテロは正当化されるか?

【上】

太田 啓之 朝日新聞記者

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 表の顔は出世コースから外れた気の弱い商社員だが、実は陸上自衛隊内に存在する秘密諜報機関「別班」のすご腕エージェント・乃木憂助の活躍を描いたテレビドラマ「VIVANT」。大物俳優の出演に加え、モンゴルでの大規模なロケ、物語が進むにつれて様々な伏線が鮮やかに回収される緻密な構成が話題となり、SNS上には物語に関する考察があふれた。

 しかし、このドラマに通底する世界観に危うい印象を抱いた視聴者も少なくなかったのではないか。朝日新聞きってのオタク記者でサブカル評論家でもある太田啓之氏が、「VIVANT」を徹底解剖する。

「テント」がテロを起こし続けた真の理由とは?

 どんな物語でも、主人公には最も多くのスポットライトが当たる。だが、「VIVANT」の主人公・乃木憂助(堺雅人)にそれが当たる頻度は、他のドラマと比べても際だっている。憂助の視点から描かれる場面が極めて多く、特に物語の後半、憂助が父・乃木卓=ノゴーン・ベキ(役所広司)の率いるテロ組織「テント」に潜入して以降は、大半のシーンに憂助が登場し、卓=ベキの回想シーンさえ「憂助が卓=ベキの昔話に耳を傾ける」という形で表現される。さらに憂助の内面に潜む「F」という別人格が登場し、劇中で憂助と対話を重ねることで、憂助の内面の心の動きや葛藤を入念に伝えようとしている。その一方で、憂助と卓=ベキ以外の登場人物たちの内面描写は限定的だ。

 その結果、視聴者はひたすら乃木親子、特に憂助の視点から世界を体験し、彼と一体化し、彼の判断と価値観に共感するように知らず知らず誘導されていく。では、あえて憂助の視点から離れて第三者の立場からこの物語を眺めると、どんな景色が見えてくるだろうか。その前提としてまずは、憂助の視点から物語の終盤を振り返っておこう。

堺雅人 ©時事

 憂助は、父・卓から「テント」設立の経緯を明かされる。約40年前、公安警察の一員だった卓は、民族間の対立・紛争が続く中央アジアのバルカ共和国で諜報活動を行っていた。数年後、争いはバルカ全土に拡大し、卓もスパイ狩りに追われるようになる。バルカからの脱出を決意した卓は妻、そして現地で生まれた幼い息子・憂助と共に公安からの救出ヘリの到着を待つが、ヘリは到着寸前になぜか乃木一家を見捨てて去り、一家はイスラム武装組織に拉致されてしまう。憂助は人身売買されて行方不明となり、妻は拷問を受けて死亡してしまう。

 卓は生きる気力を失うが、餓えて死にゆくバルカ人の子どもから赤ん坊・ノコル(二宮和也)を託されたことで、ノコルの父親として生きることを決意。ノゴーン・ベキと名乗って武装グループ「テント」を組織し、武装集団の襲撃から人々を守ったり、様々な汚れ仕事を引き受けたりしてカネを稼ぎ、戦災孤児や貧困にあえぐ子どもらの生活を支えていた。

 そして卓=ベキらは3年前に偶然、半導体の製造に欠かせない高純度フローライト(蛍石)の鉱床がバルカの領土内にあることを知り、「テント」の隠れ蓑であるフロント企業・ムルーデル社を通じて鉱床のある土地を買い続けてきた。秘密裏に土地を買い占めて採掘権を得れば、テロ活動をしなくても多くの不幸な子どもらを養うことができる。「テント」が3年前から世界中で大規模なテロを起こし続けた真の理由は、フローライト鉱床から得られる莫大な利益で不幸な子どもらを救うことにあったのだ。

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