表の顔は出世コースから外れた気の弱い商社員だが、実は陸上自衛隊内に存在する秘密諜報機関「別班」のすご腕エージェント・乃木憂助の活躍を描いたテレビドラマ「VIVANT」。大物俳優の出演に加え、モンゴルでの大規模なロケ、物語が進むにつれて様々な伏線が鮮やかに回収される緻密な構成が話題となり、SNS上には物語に関する考察があふれた。
しかし、このドラマに通底する世界観に危うい印象を抱いた視聴者も少なくなかったのではないか。朝日新聞きってのオタク記者でサブカル評論家でもある太田啓之氏が、「VIVANT」を徹底解剖する。
ニッポン・ファースト?
国際経済・社会における日本の地盤沈下が止まらない中、これまでにも「本当は日本はすごい」ことを強調するさまざまなテレビ番組が作られてきた。「VIVANT」もそういう流れの中にある作品だが、「日本のすごさ」を強調するポイントが、日本製品の優秀さや日本人の接客サービスの細やかさではなく、「日本の権力」や「日本人の徳」に置かれていることが大きな特徴だ。
公安警察の野崎守(阿部寛)は、日本ではいまだに大きなテロが起きていない理由として、政府が活動を黙認する秘密諜報機関「別班」がテロを未然に防いでいることを挙げ、「日本政府の上に立つ人間は、バカなふりをして意外としっかりやってたりするんだ」と説く。そして「別班」のすご腕エージェント・乃木憂助(堺雅人)は自らの父であるテロリスト、ノゴーン・ベキ=乃木卓(役所広司)に日本の公安警察への投降を勧める際、「日本の公安なら……世界の諜報機関の中で最も公正な判断をしてくれます……お父さんの尊厳を必ず守ってくれる……」と語りかける。
何よりも、憂助や野崎ら日本人が劇中で、欧米のスパイアクション映画に登場するハリウッド俳優さながらの国際的活躍をすること自体が、現実で傷ついた日本人のプライドを大いに慰めてくれる。そして憂助は、テロリストの協力者となっていた旧知の日本人を「美しい我が国を汚す者は何人たりとも許さない」という言葉と共に、平然と処刑してしまう熱烈な愛国者なのだ。
この作品自体が「祖国を愛し、祖国のために尽くすことのかっこよさ」をテーマにしていると言っても過言ではない。米国のトランプ前大統領が言う「アメリカ・ファースト」になぞらえれば、「ニッポン・ファースト」を体現した物語なのだ。とはいえ、この物語の「ニッポン・ファースト」は「日本さえ良ければ、他の国はどうなってもよい」というほど単純ではなく、それ以上にやっかいな代物だ。
劇中のクライマックスで乃木卓=ノゴーン・ベキは、四つの民族が争いを繰り返してきたバルカの過去を振り返りつつ、こう語る。「日本では古くからあらゆるものに神は宿っていると考えられてきた。神は一つではないという考えがあることで、相手の宗教にも理解を示し、違いを超えて結婚もする。日本には考えの違う相手を尊重する美徳がある」「これからバルカは宗教、民族の違いを争いの火種には二度としない。国の富を公平に分け、お互いの宗教、民族を尊重する国になっていく」「相手を敬い、分かち合うことのすばらしさをこの国に根づかせる。それがいずれこの国の文化となり、歴史となっていくんだ……」。
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