青葉真司容疑者による京都アニメーション放火殺人事件は、世界に誇る才能集団35名の命を奪った歴史に残る凶悪事件となった。男は、なぜこのような犯行に走ったのか? その本質に迫る渾身のレポート!
青葉容疑者が“発熱”した理由
「復讐心」は、もうそこで“沸点”に達していた。事件現場から400キロ以上離れた場所で、男は独り暴走劇を開始した。
死者35人、負傷者33人という戦後最悪の犠牲者を出した京都アニメーション放火事件(7月18日発生)で身柄を確保されたその男は事件の4日前、埼玉県さいたま市郊外の家賃40,000円のアパートの隣人との間で、揉め事を起こしていた。
放火事件の日の夜更け、隣室に暮らす27歳の青年は、その際に初めて対面したその男、青葉真司(41歳)がまとった「異様なテンション」について語った――身長は青年より10センチは高い180センチ、体重は90キロ近くに見える立派な体躯は威圧的に映る。
「危ない目つきでした。鋭い? 言葉にするのが難しいんですけど、〈殺すぞ〉と言われた時、この男はやるんじゃないかなと思った。大きな声では全然なかったのですが」
きっかけは青葉の不可解な行動だ。上階の異音を青年の部屋に原因があると勘違いしたのか壁を強く叩き、さらに玄関のドアを破らんばかりにノブをやかましく上下させた。間もなく引き上げた相手を追うように、青年が青葉の部屋をノックして「上の人に言ってください」と抗議すると、やおら出てきて青年の胸ぐらと髪の毛につかみかかり、「うるせえ、黙れ、殺すぞ、こっちは余裕ねえんだ」と10分間にわたって一方的に繰り返した。
尋常ではないものを感じ取った青年は、その日以降、風呂以外は自宅に寄り付かないようにした。
青葉はこのトラブルの翌15日に、新幹線に乗り京都へ向かい、16日には京都駅近くのネットカフェに立ち寄った。17日にはホームセンターで燃料携行缶やポリバケツを購入して宇治市内にある京アニ本社や作品に登場する「聖地」を下見。そして18日木曜日の朝、第1スタジオに足を踏み入れると直前に購入したガソリンをポリバケツで10リットルもぶちまけ、「死ね」と叫びながら火を放った。自らも全身にやけどを負いながら逃げ、取り押さえられると、「小説をパクリやがって」と毒づいていた。
青葉はどうしてここまで“発熱”したのだろうか。本稿の締め切りの時点で、本人からは、まともに動機に関する供述は得られていない。だがこの間に、急坂を下るようだった青葉の半生については、各メディアによって報道が重ねられた。
愛しているのに破壊する
3人きょうだいの次男に生まれたが両親が幼くして離婚し引き取り手の父親も青葉が21歳の時に生活苦で自殺したこと、埼玉県立の定時制高校に通いながら県の非常勤職員、その後はコンビニ店員などの職に就いたこと、2006年には下着泥棒で逮捕されたこと、実母の家に近い茨城県常総市の雇用促進住宅で暮らしていた2012年に今度はコンビニ強盗事件を起こして起訴され有罪となり、母親からも絶縁されたこと、服役中にペンと紙を借りて小説を書いていたらしいこと――。
この7年前の逮捕勾留時に青葉の部屋に入った住宅の管理人は、室内で物が散乱して荒れ放題だっただけでなく、ハンマーがあり、壁も鈍器で叩かれた跡があったばかりか窓も割られ、ノートパソコンも叩き壊されていた様子を目撃している。
出所後、身寄りを失ったために更生保護施設で半年間を過ごし、3年前から暮らし始めたのが前出のアパートだ。週末になると昼間に1、2時間、反復するBGMを大音量で流し、苦情が出ていた。警察を呼ぶ騒ぎも昨年と今年に計3度引き起こしている。
事件後に家宅捜索された青葉の部屋からは腰の高さほどもありそうな筒型のBOSE製スピーカーが運び出されていたが、先端が破損しているのが見て取れる。中古でも数十万円してもおかしくない。京アニ作品のDVDや関連グッズも押収された。生活保護の暮らしでは馬鹿にならない出費になるが、それほど好きな趣味であったともいえる。
これらは愛好の対象だったはずなのに、突然、破壊した。愛しているのに壊したのは、青葉の中で何かの変化が起きたとしか思えない。
さらに数日後、「京都アニメーション大賞」の公募に過去、青葉と同姓同名の人物からの応募があったと公表された。大賞の賞金は100万円だったが、この作品は形式的理由で1次審査を通らなかった。
事件当日の夜、隣室の青年に対して若い記者が「男はオタクっぽい感じ?」と質問したことを思い出す。何がオタクか定義もあいまいで、しかも「オタク」と犯罪性向をこじつけかねない危うい訊き方だったが、青年はこう答えた。
「オタクっぽい見た目ではあるのですが、むしろ何の趣味もなさそうな印象を受けました」
もう作品を愉しむ余裕を失った「裏の顔」になっていたのだ。
消防隊員の激しいジレンマ
焼け跡を見たのは、事件から1週間後のことだった。
京都駅からJR奈良線で南下し六地蔵駅で下車して山科川にかかる人道橋を渡っていると、花束を手にした20歳くらいの女性2人組が先を歩いているのに気づいた。振り返ると、何やら中国語で会話を交わす3人の若者が動画を撮りながら来る。駅の方まで目をやるとさらにぽつぽつと、追悼の列が連なっていた。
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source : 文藝春秋 2019年9月号