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【イベントレポート】労働組合のあるべき姿 労働組合の“理解・共感・参加”を高める、DXへの期待と未来考察

■企画趣旨

DXの急速な進歩により、仕事の場所や時間に柔軟性が生まれ、労働者の意識は多様化しています。また、ビジネスのグローバル化、職場環境や産業構造の変化は、労働組合を取り巻く環境や存在意義に大きな影響をもたらしています。いわゆるVUCA<不確実性(Volatility)、不安定性(Uncertainty)、複雑性(Complexity)、曖昧性(Ambiguity)>の時代に、労働者が安心して働くことができ生活していくために、労働組合に期待される役割はとても大きくなっています。

しかしながら、労働組合の交渉力の低下、労働組合組織率、単組や職場における労働組合への求心力、労働組合の団体としての社会的役割、発言力、影響力において課題があり、関心を持たない、参加しない労働者も増えてきており、労働組合の存在意義をあらためて考え、理解と共感を促していくことが求められています。

本カンファレンスでは、「労働組合のあるべき姿」をテーマに、労働組合の存在意義、労働組合が抱える課題を見つめなおし、より意義あるものにしていくためのデジタル活用などの事例を考察した。

■基調講演

労働組合の理解・共感・参加を高めるためには何が必要か
~ 物価上昇を契機とした労働組合の役割変化と再評価 ~

東京大学社会科学研究所 教授
玄田 有史氏

1964年島根県生まれ。学習院大学経済学部教授等を経て、東京大学社会科学研究所教授。2024年4月より東京大学副学長。経済学博士。専門は労働経済学。05年より「希望学」という共同研究も進める。著書に『仕事のなかの曖昧な不安』(サントリー学芸賞、日経・経済図書文化賞)、『ジョブ・クリエイション』(エコノミスト賞)、『働く過剰』、『人間に格はない』、『希望のつくり方』、『孤立無業(SNEP)』、『雇用は契約』等。共著に『ニート』、編著に『危機対応の社会科学(上・下)』『希望学(全4巻)』、『人手不足なのになぜ賃金が上がらないのか』等。

「テレワーク、在宅勤務をいかに上手くやっていくか」。2020-21年のコロナ禍においてこの課題が生じた際にリクルートワークス研究所が行った調査では、「労働者を代表する組織や手段があった」と回答した人ほどテレワークが上手くいっていた、という結果が表れた。

また、労働組合のような組織があってテレワークを行った場合のほうが、「テレワークを行っても生産性が結構高かった/生産性が下がらなかった」「テレワークをやってよかった」という意見も多く出ていた。こうしたデータを見て、労働組合の効用や存在意義について新たな気づきがあった。

労働者の働き方は個別化・細分化している。集団で交渉して賃金や待遇改善を求める時代ではなくなりつつあり、労働組合の活動は盛り上がっていない。しかし、「働き方や働くスタイルは違ったとしても、悩み・思いは結構共通している」ということがコロナ禍での体験で分かった。悩み・思いや改善提案を吸い上げて会社や人事に伝える、一人ひとりの声を結集して伝える存在として労働組合のような組織は意味がある、と再認識した。

政治経済学者アルバート・ハーシュマンが著した『EXIT,VOICE and LOYALTY=離脱、発言、そして忠誠』という本をコロナ禍のさなかに久しぶりに読み込んだ。組織の衰退を食い止めるには、離脱と発言の両方が大切で、これらが両方あってこそ、その組織の衰退が食い止められ復活する。と論じている。そして、この2つの割合・塩梅はそれぞれの組織により異なるとも。

日本の政府や社会は今、離脱=例えば高生産性部門への移動・異動やリスキリングなどのほうに重きをおいて社会を活性化しようとしている感がある。高度な専門的技術を持っていれば重宝がられるので、離脱・移動(転職や離職を含む)をほのめかして好待遇を獲得することもできる時代だ。

しかし、全員が離脱・移動できるわけではない。さまざまな事情を抱えている人がいる。異動ができない人々の賃上げ、待遇改善の力になるのが、ハーシュマンの言う“発言の力”だ。労働者と経営者、当事者同士が向かい合って発言・対話をすることで皆の幸せにつなげていく。そのためにも労働組合は有用である。

日本社会には、金融関係者の間で「NORM(ノルム)」と言われる“賃金は下がらなければいい、上がらなくてもいい”という社会的価値観・規範が蔓延してしまっている。そういうマインドが2000年代から最近までずっと続き、定着しているためなかなか賃金が上がらなかった。物価上昇のおり、自分たちで賃上げを獲得していく、ノルムを正していくために労働組合は重要な役割を果たすはずだ。労組の役割を理解し、応援していくことが必要である。

いま、労働組合は「何、それ?よくわからない」と言われる存在になりつつある。組織率も低下している。ただし、労組で活動している人数は今も1000万人以上いるし、非正規社員の組織率も業種によっては上昇し、例えば流通業のカスタマーハラスメント対応始め正社員以外へのケアも充実してきた。しかし、労組が沈黙していてはそうした効用・状況は伝わらない。さまざまな問題に取り組んで成果を上げていることを、労組の側から発信していかなければならない。

労働組合の役員・執行部のなり手がいない、時間がない、キャリア形成に寄与しない、男性正社員を中心とした旧い体質から抜け出しておらず女性のリーダーがいない……といった課題が聞こえてくる。これは労組に限ったことではなく、日本社会全体が抱えている共通課題だ。労組がまずそうした課題の突破口を開けば、社会を変えるひとつのきっかけになる。

連合は今、「理解・共感・参加」の3つのキーワードを掲げて活動の幅を広げようとしている。そのために重要なのは、適切な「発信」だ。具体的には、批判を受けることを恐れない明確で簡潔なメッセージを出していく/アンコンシャス・バイアス=無意識の区別・差別の排除/開放性・透明性の重視/デジタル・コミュニケーションと対面の使い分け/現場に近い支部・分会・地域の応援、の5つを発信したい。

また、発信に加えて「参加」も重要だ。まずは無理なく関わる=参画すること。労組に、好奇心を充たす面白みと敷居の低さがあるといい。「FUNDOM(ファンダム)」という言葉がある。趣味の世界で使われる言葉で、“大事なのは楽しさ”ということ。労組の原点は、みんなで楽しく変えていこうよ、というところにあるのではないか。まず参画してもらった上で、組合加入など本格的な関与につなげたい。

日本の企業別の労働組合では「労使協調」という言葉が重要視されてきた。欧米では「対立」の構図が強かったが、日本では長い目で見た信頼関係構築が、組合と企業の労使協調の原点だった。もう一度、労使協調という視点で労組活動を考えてみる必要がある。労働組合の活動が労組だけでなく企業の繁栄、日本経済や日本社会全体の繁栄にもつながる、という考え方で臨めば、企業側の労組応援・支援のスタンスにも変化が起きることだろう。

企業側からも積極的に労働組合との向き合い方を見直してみてはどうだろうか。従来は仕事の時間と組合活動の時間を明確に区分してきた。よって、組合員は組合活動に割く時間がなかなか取れなかった。しかし、冒頭に述べたテレワークの案件のように、企業にとって就業時間中に組合活動をすることにより労働者の考えが分かって企業の繁栄に繋がるようなことであれば、柔軟に対応してもいいのではないか。

越境学習」と言う言葉がある。労働組合の活動をすることによって、日頃の仕事とは違う観点から会社のことや会社を取り巻く事情が分かることもある。労働組合を貴重な越境学習の機会、と捉えることも大切であり、そう捉えれば会社側もサポートする余地が出てくるのではないか。組合の役員、リーダーを経験することで、将来の女性管理職や経営者の段階を踏んだ育成にもつながると考える。

労使協調にはコミュニケーションが不可欠。デジタルツールの活用で労使が対話を進め連携を深めることは有用だ。約35年の歴史を持つ連合を始め、労働組合には長年の歴史、積み重ねがある。しかし、環境の変化に適切に対応していかなければ生き残ることはできない。アンコンシャス・バイアスの解消、旧い言葉遣いの見直しやデジタルツールの活用など、今できることから改革を行っていくことだ。一人ひとりの立場を尊重しつつ、いま職場の仲間は何を一番求めているかを知って考え、自分たちの言葉で表現していくことが重要である。そういうコミュニケーション刷新の先に労働組合の未来がある

■課題解決講演(1)

全国の現場で働くノンデスクワーカーの「働きやすさ」を改善
住友ゴム労働組合が、アプリを導入して感じているメリットとは?

住友ゴム労働組合
副書記長
阿部 浩二氏

2013年に住友ゴム工業(株)に入社。入社後は兵庫県加古川市の工場にて、家庭用ゴム製品(ゴム手袋やガスホース)の企画開発を行う部署に配属。19年まで在籍。19年9月から4年間、加古川工場の労組専従業務に従事し、23年9月から組合本部へ異動、現職(副書記長)となり今に至る。組合活動を通じ、労使のコミュニケーションの大切さを実感している。従業員の考えを会社に伝えるだけでなく、今の会社の考えを正しく組合員に伝えることで活発かつ有意義なコミュニケーションが取れるような組織を作っていきたいと考えていて、組合アプリがその一助になると考えている。

株式会社ヤプリ マーケティング部
エヴァンジェリスト
神田 静麻氏

新卒で不動産業での新規営業、IT企業で営業、カスタマーサクセスを行い、2016年に創業期のヤプリへインサイドセールス部の立ち上げで参画。EC、小売、メーカーを中心に幅広く自社アプリの提案を進め、累計2000以上の商談を創出。同部のマネジメントを経て、21年に現職に。

ノーコードのアプリ開発プラットフォーム「yappli」は、自社アプリで企業のさまざまなビジネス課題を解決しモバイルDXを加速させる。yappliを導入・運用している住友ゴム労働組合の阿部氏とヤプリの神田氏が、組織の働きやすさの改善手法やアプリ導入のメリットについて対談形式で語り合った。以下はその抄録。

「アプリには、店舗・ECで活用し顧客エンゲージメントの向上を狙う場合と、社員や組織で利用することで組織エンゲージメント向上につなげる場合がある。働き方の多様化が進む中で、情報の浸透や共感醸成にアプリが寄与するようになっている」
「本日登壇の住友ゴム労働組合様は、昨年リリースした『yappli UNITE』を利用した後者の事例だ。組織エンゲージメントが高まっていると、自己効力感を感じる/前向きに仕事に取り組める/仕事の意義を感じる/新しいことにチャレンジできる……といった意識を持ってもらう効果がある。アプリでスコアを計測し、エンゲージメント向上のための施策・アクションを起こすこともできるから、アプリの導入は、理念・ビジョンの浸透/業務効率化/カルチャー醸成/成長機会の提供などにつながる」

愛着心や帰属意識が向上/場所や時間を選ばずにアクセス/資料を探す手間が大幅に短縮/社内資源を一元化し活用向上/アプリが情報のハブに……といった嬉しい声が導入企業から寄せられている」(以上、神田氏)

◎住友ゴム工業労働組合とアプリ

「住友ゴム工業は、タイヤ事業/スポーツ事業/産業品事業が三本の柱。従業員数は約7700人で神戸本社のほか、東北の白川や名古屋、九州の宮崎など全国各地に工場がある。現場勤務者が多く、労働組合の情報伝達は職場単位で紙で行ってきており、社用のPCを持っている人も限られているため一人ひとりへ展開できていなかった。そうした課題もあり、スマホで手元で確認できてタイムリーに情報展開できるアプリの活用を決定した」

「労働組合のマスコット『てってくん』(組合員からキャラクターデザインを募集)がアプリ画面の随所に登場する、温かく優しい雰囲気のある親しみやすいインターフェイスのアプリを作成した。さまざまなダウンロード促進施策を行い、現在、組合員の約6割が利用している。組合活動を知って知識を深めてもらうことができ、悩みがある方は相談のきっかけにもなる(オンライン相談も実施)。図書の検索・貸し出しや、組合活動の報告にも利用している」

「特設ページを設けてお正月におみくじ企画を行ったり、春闘の際には要求や回答の情報を流すなどしてアクティブユーザー増に努めている。総じて、組合活動を知ってもらう、興味を持ってもらうという面でよい効果が出ていると思う。今後もアプリを利用してさまざまな企画を行いたい。今までは先輩社員からの口伝しかなかった、現在の諸制度の背景・経緯紹介をするなどして会社や組合への理解が深まれば、組合員から上がってくる意見の質もさらに向上すると思う」(以上、阿部氏)

Yappli UNITEはアプリの強みを活かした機能・サービスを強化している。感謝の気持ちを伝え、協調性ある文化を醸成する『サンクスカード機能』を提供開始し、歩くことを通し健康経営を支援する『ヘルスケア機能』も発表済みだ。見たいときに見られる、スキマ時間を活用できることなどが好評で、金融機関や衛生サービス業、カウンセリング化粧品販売業など840以上の企業・組織にyappliを利用いただいている。ウエブなどを参照し、お問い合わせをいただければ幸いだ」(神田氏)

■特別講演(1)

労働組合の未来
~ デジタル時代の「攻め」と「守り」とは? ~

公益財団法人連合総合生活開発研究所(連合総研)
主幹研究員
中村 天江氏

博士(商学)。専門は人的資源管理論。人と組織の関係性とその未来像について調査研究、提言を行っている。1999年リクルート入社、2009年リクルートワークス研究所に異動、21年連合総研に転職。働き方の長期展望に関して「2025年」「Work Model 2030」「マルチリレーション社会」を発表し、個人の幸福とキャリアの時間軸に着目した新たな報酬概念の提案で2020年全能連マネジメント・アワードのプログラム・イノベーター・オブ・ザ・イヤーを受賞。現在「労働組合の未来」研究会を推進中。

テクノロジーは以下の恩恵を我々にもたらす。業務の効率化・生産性UP/地理的制約からの解放(アクセスの拡大)/情報流通の増大(データドリブンな意志決定)/デジタル・コミュニケーションの普及/スキルや仕事の進化、などである。

一方、労働組合や組合リーダーが直面している状況、悩みや不満としては、組合業務のために自分の時間や家庭生活が犠牲になっている/仕事が忙しくて組合業務ができない/代わりの人がいないので役員・委員をやめられない/組合業務が忙しくて仕事に支障を来す、といった項目が上位にくる。

また、支部・単組の執行部へのなり手がいない/組合の役員になることが、以前ほど企業内で魅力あるキャリアではなくなっている/組合役員と組合員との間で、組合についての考え方の違いを感じる/組合の職場会議や集会への参加状況が悪い、といった経験をしている組合リーダーも多い(以上、2021年の労働調査協議会の資料より)。

このように、組合活動は課題山積で厳しい状況だが、技術の進化もあって先進的な取り組み(1)(2)(3)(4)が生まれている。

(1) デジタル・コミュニケーションの積極活用 例えば、英国の匿名労働運動プラットフォーム「Organise」は1年で会員数100万人を突破(スタッフはわずか15人)。プラットフォーム上に多数の会員がいることで情報の信憑性が高まり、足りなかった情報を補える仕組みになった。また、日本でも「情報発信アプリ」を導入する労働組合が2年で100を超えている。執行部の運営負担が下がり、情報宣伝の効果や効率が高まり“本来やりたかった組合活動”ができるようになってきている。

(2) データドリブンによる組合変革・活動推進 Mitsui People Union(三井物産労働組合)は、組合の解散危機を乗り越えて大躍進を遂げた。組合の再興にあたってデータを用いて方針転換を実現し、その後も組合実施のエンゲージメント調査の結果を部門別に開示することで、自浄作用と予防効果を得ている。組合提案で1on1コーチングを導入することで、組合は組合にしかできないことに特化できるようになり、執行部がキャリアコンサルタント資格を取得して組合員のキャリア相談に乗るようにもなっている。

(3) 組合によるリスキリングの支援 イギリスの労働組合が行っている労働者の能力開発や学習を促す「Union Learning Representative(組合学習代表)」の仕組みは高く評価されている。労働者も雇用主も学習には仕事スキルのアップなどのメリットがある。労働者が研修プログラムの受講に至ったきっかけは52%が「ULRの支援」であり、受講者の20%は学習前は組合員ではなかったが、学習後に46%が組合員になった。また、受講者は組合内でより積極的に活動するようになった。

(4) 最先端企業労組は対面コミュニケーション重視 Google Japan Unionは、デジタルツールの積極活用したうえで、対面コミュニケーションを非常に重視している。組織化ではデジタルツールが重要な役割を果たした。メーリングリスト⇒LinkedIn⇒Discord⇒MS Teams。会社から独立している外部ツールを使いこなした上で、対面コミュニケーションに注力しているところに大きな特徴がある。困難に直面している当事者ほど声を上げにくい状況を打破するには、対面コミュニケーションが必須だという。

これら先進的労働組合に共通するのは「デジタルツールの積極活用(攻め)+対人接点の進化(守り)」を両立させていることである。デジタルツールを使うことにより、対人コミュニケーションのあり方そのものも、より効率的に、より重点的なところに集中的に取り組むように進化させている。それがいまの労働組合に求められていることである。

◎連合総研・連合「労働組合の未来」研究会

「労働組合の未来」研究会の座長は、基調講演をされた玄田先生。「理解・参加・共感を広める」をキーワードに多様なテーマについて議論し実態の分析を行ってきた。

報告書『労働組合の「未来」を作る』は、最先端の研究者が迫る労働組合の問題点と可能性/労働組合を取り巻く環境の大胆な転換を働きかける/労働組合は買われる・変えられる/労働組合の未来はコミュニケーション変革のなかにある、の4部構成にまとめた。

労働組合の未来に向けた5つの提言は以下のスライド参照。

これら、研究会がまとめた成果にもご注目いただきたい。
最後に、アルベルト・アインシュタインの言葉を。
過去から学び、今のために生き、未来に対して希望をもつ。大切なのは疑問を抱くことをやめないことだ」。ぜひ労働組合の皆さん同士で対話いただきたい。

2024年5月16日(木) オンラインLIVE配信

source : 文藝春秋 メディア事業局