深刻化するIT人材不足やサイバー攻撃によって、企業活動を支えるIT基盤のサステナビリティ(持続可能性)への懸念が高まっている。このカンファレンスでは、事業を継続していくためにIT基盤をサステナブルにするための方策を検討した。DXを推進する上でも欠かせないIT人材の確保・定着、IT領域の効率化・省人化のカギを握るAIの活用、事業に重大な影響を及ぼすサイバー攻撃によるシステム停止を避けるためのセキュリティ対策のあり方について提言があった。
■講演1
サステナブルなCIO×CFOのIT基盤変革
~ CIO×CFOのコラボで実現させるサスティナブルアプローチ
KPMGコンサルティング株式会社
Technology Transformationアソシエイトパートナー
豊田 直樹氏
IT人材の不足は2030年に最大約79万人(経済産業省推計の高位シナリオ)と見込まれている。需給が逼迫するIT人材は確保が難しいだけでなく定着化も顕在課題化しており各社のDXが進まない一因にもなっている。人材の流動性が加速する昨今において有望なIT人材が入りたい、続けたいと思える具体的な道筋を見せることが重要である。KPMGコンサルティングの豊田直樹氏は「IT人材を社内外から募ることができる具体的なDX施策の一つとして、CIO(最高情報責任者)とCFO(最高財務責任者)が連携して取り組むデータドリブンな経営に向けたIT基盤整備は効果が高く、さらには現場の生産性向上に期待する生成AIを有効に活用できるプラットフォームの一つにもなりうる」と訴えた。
財務データを分析して、CEO(最高経営責任者)らに対して提供する経営判断に役立つ情報を充実させたいCFOに対し、CIOは財務を含めた社内データ全般を集約して可視化するIT基盤の整備を担っている。豊田氏は「財務会計とデジタルという関心領域の違いはあるものの、両者はDX推進という同じ方向を目指している」と指摘する。双方の共通理解の形成に向けて、テクノロジー、体制整備・ガバナンス、業務プロセス見直し、ツールの調達・保守、リソースやシステムの管理、人材戦略——の6領域で、持続可能なシステムに向けた戦略を共に検討すべきだと提案。「CIOが、経営陣の中でも強い影響力を持つCFOと連携すれば、定量効果の算定が難しいIT投資も定性効果の視点から戦略的に決定しやすくなる」(豊田氏)。
IT人材については、DX推進を担う人材は社内に確保、定着させる必要がある。そこで、CFOとCIOが協力してロードマップを策定するなどDX施策を可視化し、DX推進に向けた会社の姿勢とDX人材のキャリアパスを明確化したジョブ型採用へのシフトを求めた豊田氏は「会社の将来像に納得し、安心してクリエイティブな仕事ができる心理的安全性が確保された職場環境づくりが若手人材の定着には大切」と語った。
■講演2
生成AI最新動向とその活用検討
~ 急速に進化する生成AI市場と技術動向および活用検討フレームワークのご紹介 ~
KPMGコンサルティング株式会社
Technology Transformation シニアマネジャー
山邊 次郎氏
世界の生成AI市場は2023年から30年までの間に約20倍に急成長すると見込まれ、新たな技術も続々と登場している。KPMGコンサルティングの山邊次郎氏は「生成AIの技術は進歩が速い分、陳腐化も速い」と前置きをしつつ、最新技術動向を紹介した。
生成AIは、事実と異なる回答をもっともらしく生成してしまうハルシネーションの問題があり、精度向上が課題になっている。そこで、AIに投げかけるプロンプト(指示文)の質問に関連する信頼性の高い情報をあらかじめAIに与えてから回答を生成させ、精度を高めるRAG(Retrieval Augmented Generation、検索拡張生成)技術が普及してきた。これ以外にも、プロンプトのデータ量を従来の数倍から数十倍に増やすロング・コンテキスト・ウインドウ、専門領域を絞り込む領域特化型AI、テキスト、画像、音声、動画など複数のデータタイプを1つのAIモデルで扱えるようにするマルチモーダル化、といった新たな技術もAIの回答精度を向上させるアプローチとして注目されている。
総務省と経済産業省は今年、企業のAI活用の指針となる「AI事業者ガイドライン」を取りまとめた。一方、EUでは罰則付きの「AI規制法」を成立させたことから、今後は世界的な規制強化の動向に注意が必要になっている。KPMGでは、生成AI活用について、6つの重点考慮事項(活用戦略、アーキテクチャ、リスク・ガバナンス、ユースケース創出、体制・人材、パフォーマンス分析)を定めた「生成AI活用フレームワーク」に沿って「業務効率化にとどまらず、顧客提供価値向上などの高度な活用に向けた支援サービスを提供する」(山邊氏)としている。
■講演3
自社の戦略に生成AIを組み込む方法
~Microsoft AIの活用で競争力を高めるには
日本マイクロソフト株式会社
パートナー事業本部パートナー技術統括本部
AI&Azureアーキテクト本部シニアパートナー ソリューションアーキテクト
佐藤 直樹氏
2022年11月のChatGPT公開以来、生成AIへの注目度は一気に高まった。それ以前もプログラムコードを自動生成するエンジニア向けのAIなどはあったが、自然言語で扱えるChatGPTの登場は、一般のビジネスパーソンがAIを活用する道を開くことになった。それから2年。「2024年は、AIを語るフェーズではなく、仕事において導入・活用するフェーズに入った」と日本マイクロソフトの佐藤直樹氏は語る。
生成AIの導入・活用は、AIを「使う」戦略と「創る」戦略がある。まず、(1)生成AIツールを採用して評価・検証のために「使う」段階からスタート。次に(2)ツールをカスタマイズしてAIプラットフォームを整備・「創る」段階、(3)汎用から業務に特化した利用に向けてビジネス実装する「使う」段階を経て、(4)高度な活用に向けて、社内データ等を活用した独自のAIやLLM(大規模言語モデル)を開発・「創る」段階へ——と順を追って成熟度を高めていく。
マイクロソフトは、AIを「使う」ための法人向けサービスとして、オフィスアプリケーションに生成AIを連携させた「Copilot for Microsoft 365」を提供。「創る」機能は、LLMには含まれない社内データなどの独自データソースを参照することで、より充実した生成AIにカスタマイズする「Copilot Studio」や「Azure OpenAI Service」を提供している。
生成AIにおける社内データの利用は、漏えいを懸念する指摘もあるが、マイクロソフトは「ユーザー企業のデータは高度なコンプライアンスとセキュリティで保護され、データを勝手に見られたり、AIモデルのトレーニングに使われたりすることはない」(佐藤氏)と強調した。
■講演4
日立ソリューションズの生成AIへの取り組み
株式会社日立ソリューションズ
スマートライフソリューション事業部クラウドソリューション本部企画部
兼AIトランスフォーメーション推進本部AX戦略部担当部長
北林 拓丈氏
生成AIは本格活用段階を迎えて、特に業界・ドメイン特化型のAIアプリケーション(Vertical AI)を提供する企業の増加が目立ってきた。AIを駆使した「AIトランスフォーメーション(AX)」を進めて、DXの加速を目指す、日立ソリューションズは、社内に「AIトランスフォーメーション推進本部」を設置。同本部の北林拓丈氏は「顧客に提供するサービスの高度化、社内業務の効率化など『攻め』のAXと、AI活用の様々なリスクに備える『守り』の両面で取り組む」と語った。
攻めのAXでは、社内にCopilot for Microsoft365や、プログラムコードを生成するGitHub Copilotなどの生成AIアプリケーションを展開して、AIによる業務や開発の効率化を推進する環境を整えてきた。守りの面では、同社の米・シリコンバレー拠点が現地スタートアップ企業を調査する中で発掘、提携したAIガバナンスプラットフォーム「Robust Intelligence」を試行的に社内に展開した。この製品は、開発・運用している生成AIのデータ品質やリスクのテストを実施。データの不備や偏りによって推論に差別や偏見が含まれてしまう倫理面の問題をはじめとするリスクを診断するほか、AIモデルを攻撃から保護する。「社内での活用で得られた知見をフィードバックして、AIリスクの解決やデータ品質向上などAIガバナンス支援の事業化に役立てる」(北林氏)。
同社は、AIの市場環境・技術動向を踏まえた戦略策定を進めていて、生成AIを活用した業務・開発プロセスの改善を支援するサービスの拡充にも注力している。「提供ソリューションの拡充につながる海外ベンチャー企業との連携はAX戦略のカギになる」と語った。
■講演5
サステナブルなクラウド利活用へのアプローチ
~End to End クラウドトランスフォーメーションサービス~
KPMGコンサルティング株式会社
Technology Transformationパートナー
上杉 直登氏
経済産業省のDXレポート(2018年)はDXを推進しなければ、レガシーシステムの問題やIT人材不足の深刻化により、2025年以降、年12兆円もの経済損失が見込まれるとする「2025年の崖」を提起した。KPMGコンサルティングの上杉直登氏は、持続可能なIT運用の実現、IT人材不足の解消に向けては「クラウド化を推進してインフラ・メンテナンスからアプリケーション側に人をシフトすることが重要」と訴える。
しかし、グローバルと比べると日本のクラウド化は遅れている。クラウドを活用している企業はグローバルで9割近く(KPMGグロ-バルテクノロジーレポート)に対し、日本企業では半数程度にとどまるという調査もある。背景には、クラウドにデータを保存することへの抵抗感が根強いことや、達成困難なコスト削減をクラウド移行の目的にしてしまっていることが挙げられる。
KPMGのクラウドソリューションは、ビジネス、IT・アプリケーション、データ、ガバナンス、チェンジマネジメント(組織変革の管理手法)の5つの領域で、戦略・企画から実行、運用フェーズまでのクラウド化の取り組みをEnd to Endでサポート。
クラウド活用を全社的に統括する組織「クラウドCoE(センターオブエクセレンス)」立ち上げや、クラウド環境の構築・移行、データ分析基盤の構築、クラウドセキュリティ対策を支援する。チェンジ・マネジメントは、従来のウォーターフォール型開発から、クラウドと相性の良いアジャイル型開発へ転換するための体制構築も支援。「デザイン思考などの新しい考え方も取り入れて企業カルチャーから変えていく手伝いをする」(上杉氏)とアピールした。
■講演6
持続可能な成長を実現する-xOpsを駆使した運用戦略
株式会社日立ソリューションズ
ITプラットフォーム事業部デジタルアクセラレーション本部
サービスソリューション部部長
疋田 哉氏
企業の持続的成長のため、IT運用でもESG(環境・社会・ガバナンス)を考慮することが求められている。「情報システム部門が、ESG推進に有効なIT運用を行って企業の持続的成長に貢献することは、情シスに付きまとうコストセンターのイメージ払拭につながる」と日立ソリューションズの疋田哉氏は語る。
CO2排出削減など環境を考慮したデータセンター運営、従業員の働きやすさなど社会的側面に配慮したデジタル整備、プライバシーを尊重したデータ取り扱いなどのガバナンス強化、といった形でIT運用(Ops)はESGに貢献する。開発と運用の連携による迅速なデプロイで環境負荷を低減するDevOps(デブオプス)や、セキュリティリスクを軽減するSecOps(セックオプス)といった運用法もあり、これら各種Opsに共通したプロセスの自動化、標準化、可視化などの基本的取り組みを「xOps」(クロスオプス)は呼ばれている。
xOpsの中でも注目は「可視化の新たなトレンド、オブザーバビリティ(可観測性)だ」(疋田氏)。システムのデータ収集・モニタリングにとどまらず、データ分析で問題を特定し、データを常に可視化してシステムで何が起きているか、を観測可能な状態に保つ。サービスIT基盤の稼働状況を詳細に可視化すればサービスの健全性や効率性が向上し、ビジネスKPI基盤を常時観測すれば、経営課題の早期解決、タイムリーな意思決定につながる。
IT運用の将来について疋田氏は「AIを高度活用すれば、IT運用を自動化するNoOps(ノーオプス)が実現し、人の代わりにAIが企業活動を持続可能にする時代が訪れるだろう」と予測した。
■講演7
サステナブルなサイバーセキュリティの実現に向けて
タニウム合同会社
Chief IT Architect
楢原 盛史氏
サイバー攻撃被害はシステム停止だけでなく、窃取した知的財産を使って不正に製品を開発して特許を取得、被害企業に莫大な特許使用料を請求する事案も水面下で増えている。こう明かしたタニウムの楢原盛史氏は「セキュリティ事故は経営問題。欧米では、企業に対してセキュリティ関連報告を義務化する動きも強まり、経営者はITシステムを守る責任から逃れられない」と訴える。
そのセキュリティ対策で注目されているのが、IT資産を適切に管理して、サイバー攻撃を防ぐ健全な状態にIT環境を保つ「サイバー・ハイジーン(衛生管理)」という考え方だ。「攻撃を受けてから対応、復旧する『減災』対策は、攻撃者にシステムの管理者権限を奪われてしまえば上手く機能しなくなる。まずは攻撃を受けても侵入されないように脆弱性を解消するなど、端末管理を徹底する『防災』対策のサイバー・ハイジーンに注力することが重要だ」(楢原氏)。
その実現のためにエンドポイントの端末を可視化するプラットフォームがタニウムだ。特許のリニアチェーン技術により、数十万台の端末を抱えるエンタープライズ規模の企業でも、各端末の情報をほぼリアルタイムで収集。セキュリティパッチ適用の有無、セキュリティツールのバージョンや稼働状態、会社が把握していない非管理端末の実態などを把握して、迅速な問題修正につなげ、攻撃の侵入路となる脆弱性を解消する。端末管理業務に当たるエンジニアの作業時間や運用コストの削減など定量的効果も期待できるとした楢原氏は「リアルタイムにエンドポイントの可視化と制御ができるのはタニウムだけ」とアピールした。
2024年7月23日(火) オンラインLIVE配信
source : 文藝春秋 メディア事業局