社会経済の先行きが読みづらい時代にあっても、企業が計画・予算を着実に達成するためには、経営データを活用して的確でタイムリーな意思決定をできるようにする経営管理の高度化が欠かせない。そのために、CFO部門は決算など制度会計への対応だけでなく、経営判断に役立つ情報を経営陣に提供するFP&A(Financial Planning & Analysis)の機能を担うことが求められている。本カンファレンスは、予算と実績のズレを把握・分析する予実管理や、計画策定、データの予測分析、報告などを通じて意思決定プロセスに貢献するFP&Aの要諦を解説。経営情報を活用するためのEPM(Enterprise Performance Management)ツール、Oracle Fusion Cloud EPMのユーザー企業から、ツールを用いた経営管理の実践例が紹介された。
■基調講演
今、改めて考える予実管理と意思決定支援の高度化
~FP&Aへの道筋とEPMツールの活用
一般社団法人日本CFO協会主任研究委員
株式会社アカウンティングアドバイザリー マネージングディレクター/公認会計士
櫻田 修一氏
◎CFO部門が果たすべき将来予測機能
日本企業を取り巻く環境は厳しい。世界各地で絶えない紛争の影響により資源価格は高騰し、為替変動がそれに拍車をかける。終身雇用、労働市場硬直化という日本固有の課題を抱え、日本企業の労働生産性、収益性は高まらず、企業価値の指標の1つ、ROE(自己資本利益率)は欧米に劣後している。東京証券取引所は昨年、PBR(株価純資産倍率)1倍割れ問題を提起。資金調達コストを上回る水準にROEやROIC(投下資本利益率)を保つ資本コスト経営、ESG(環境・社会・ガバナンス)経営、イノベーションの源泉の人材を重視する人的資本経営など、株主を意識して持続的に企業価値を向上させる経営アジェンダへの取り組みを促す圧力は強まっている。
日本CFO協会主任研究委員の櫻田修一氏は「経営が考慮すべきことが増え、迅速・的確な意思決定を下すには、データによる状況の把握が不可欠になっている。CFO部門は、成果に等しく責任を持つビジネスパートナーとして、経営陣・事業部門に経営情報分析を届け、経営資源配分の意思決定を支えるFP&A機能を果たすことが求められている」と語る。
事業の成長は、ヒト・モノ・カネ・知識等の経営資源をいかに効果的に配分するかにかかっている。だが、予算と実績の差異を把握する予実管理を行って、高い成果が出ている事業・製品にリソースを投入しても、それは過去の実績を基にした判断に過ぎず、将来も成果が上がるとは限らない。従って「過去の実績よりも将来予測に基づく意思決定の方が重要になっている」(櫻田氏)。
将来を予測するには、財務データなどの成果指標だけでなく、市場動向、顧客満足度や商品認知度など、成果につながる先行(プロセス)指標の情報を収集・蓄積する。それらのデータから、損益変動と、その主要ドライバーとの関係について仮説を立て、将来予測のシミュレーションモデルを構築する。現在の実力を冷徹に評価して算出した将来予測値が、当初計画予算の目標値に届かない場合は、ギャップを埋めるための複数のアクションプランを検討。各アクションが予測値に及ぼす影響のシミュレーションを行って、どのアクションを採るのか、もしくは予算目標を下方修正するのか、といった判断をサポートする。
◎予算管理の課題とEPMツール
多くの企業において、現状のビジネス計画・予算管理が有効に機能しているとは言いがたい企業も多い。その理由の1つは、形骸化した3年の中期計画や単年度予算が、激しい環境変化に追いつけず、また5~10年の長期を見据えた企業価値向上にも対応できていないことにある。櫻田氏は、事業環境の変化を織り込んで中長期計画の見直しを繰り返すローリング方式での運用を推奨する。
また、決算と同じ勘定科目で予算を立てると、詳細になり過ぎて予算策定に時間がかかり、管理も過干渉になる傾向がある。櫻田氏は、予算については、当初目標と資源配分のみに簡略化すべきと主張して、精度よりも策定作業の効率化を求めた。
社内で各部署が策定するビジネス計画が、全社や他部門の計画・予算との間に不整合を生じるという問題もある。たとえば、事業部門のビジネス計画と本社の予算との間の齟齬、販売計画と生産計画の分断だ。これらを放置すれば、全体状況を見渡せなくなり、事業部長らミドルマネジメンは、自分の責任範囲だけを考えてしまい、部分最適に陥るおそれがある。分断の原因は、計画ツールが部署ごとにバラバラであることや、属人性の高いExcelツールが使われているためだと指摘した櫻田氏は「企業グループ全体に統一されたEPM(Enterprise Performance Management)ツールを導入することで、データが統合され、部門間での計画値・予算値の調整も整合性をもってできるようになる」と訴えた。
多くの企業が予算管理や経営管理のために使っているExcelは、作業工数が多く、時間がかかるといった生産性の問題のほか、様々な切り口で分析できるようにするために多軸でデータ管理できないなどの機能面の課題がある。また、情報ソースをERP(基幹システム)だけに頼っていると、多様化する経営アジェンダ、変化の速い事業環境に追随した意思決定に必要な、会計データ以外の多様な情報の収集が困難になる。「経営管理の高度化、データドリブンな経営を実現するには、社内だけでなく、社外の様々な情報ソースとも柔軟かつ迅速に連携して、速やかに必要な情報処理ができるプラットフォームが必須になる」(櫻田氏)。
近年、普及してきたEPMツールは、社内のERPやCRM(顧客管理)、SFA(営業支援)ツールなどとデータ連携するほか、社外からもマーケット関連データなどを収集、蓄積できる。また、各種KPI(重要業績評価指標)の算定、予算と実績や、予算と予測の対比、将来予測の為のAI(機械学習)、シミュレーションなどFP&Aのための分析機能も揃っている。
櫻田氏は「.予算管理は経営管理の基本なので、十分に取り組めていない会社は本格的に推進してもらいたい」と呼びかけた。ただし、CFO部門がFP&A機能を果たすためのリソースを新たに用意するのは現実的ではないとも指摘。外部との取引の経理処理は、システム間のデータのやり取りで完結させるなど、制度会計のための経理財務プロセスの自動化を進め、「FP&Aに充てる時間を創出することがCFO部門変革の第一歩になる」と語った。
■ゲストセッション
ゲストセッションでは、アバントが導入支援を行ったドミノ・ピザ ジャパン、JALUX、綿半パートナーズの3社が登壇し、経営管理の高度化に向けた取り組みの実践事例を報告した。
ゲストセッション(1)
「本社とは異なるビジネスモデルに沿った独自の管理・分析を実現」
株式会社ドミノ・ピザジャパン
経営企画課シニアマネージャー
松永 知秀氏
世界最大のデリバリーピザブランド、ドミノ・ピザの国内チェーン運営を行うドミノ・ピザ ジャパンは、老朽化したオンプレミスのデータベースの安定性低下、Excelに依存したデータ管理からの脱却といった課題に直面していた。また、親会社のドミノ・ピザ・エンタープライゼス(DPE、本社・豪州)との間でデータを整合させる必要もあり、親会社と同じオラクルのOracle Fusion Cloud EPMを導入した。同社経営企画課の松永知秀氏は「約5年前の導入プロジェクト開始当初は、EPMツールのこともほとんど知らない状態で、手探りで進めてきた」と語った。
プロジェクトメンバーは、通常業務と兼任で、ITの専門知識も不足していた。そのため、特に苦労したのが、知識のないデータベースに関する設定だった。Oracle Fusion Cloud EPMのデータベースは、多角的なデータ分析を可能にするため、データを複数の軸に分類して格納する「キューブ」と呼ばれる多次元構造になっている。このデータベースの次元は、導入当初に設定すると、後から取り消したり、追加したりする変更が難しい。松永氏は「日本の運用に合わせて、本社にはない次元をいくつか独自に設定したが、見切り発車で決めた面もあり、もっと工夫する余地があったと思う。現場のオペレーションとシステムの両方が分かるメンバーをプロジェクトに割り当て、EPMシステムやデータベースについて十分に理解した上で、導入設定は十分に時間をかけて検討すべきだった」と振り返る。
Oracle Fusion Cloud EPM導入により、データベースの安定性は、オンプレミスの旧データベースに比べて格段に向上した。各部署とのミーティング資料やレポート作成は、EPMのデータをExcelに取り出して加工することで順調にできている。「レポート表現の自由度はExcelの方が高いので、こうした使い方が合っていると思う」(松永氏)。
一方で、予算策定・予実管理、PL分析、中期予測作成などの業務は、Excelを使うと繁雑な作業になっていたため、Oracle Fusion Cloud EPMのFP&A機能を活用している。24カ月先までを毎月ローリングする中期予測は、Oracle Fusion Cloud EPMで自動化を実現。予測を算出するための計算ルールを、ベンダーに相談しながら、苦心の末に内製で作成。上位・中位・下位といったシナリオ別予測値を自動算出できるようになった。松永氏は「ルールが想像以上に多岐にわたり、時間がかかったが、予測に関するルール、シナリオをOracle Fusion Cloud EPMで一元管理できるようになったことで、経営陣から急に新しいシナリオに基づく予測を依頼されても容易に対応できる。Oracle Fusion Cloud EPMを使ってできることは多いので、やりたいことを、ベンダーに相談してみるといいと思う」と語った。
■ゲストセッション2
スモールスタートで段階的に利用領域を拡張
経営判断に資するグループ全体でのデータベース構築
株式会社JALUX 経営企画部事業計画課
依田 知浩氏
森 慧氏
石本 健氏
日本航空と双日の両グループに属しているJALUX(ジャルックス)は、航空機や部品の商社機能、空港運営などの航空・空港事業や、空港免税品店に関するリテール事業のほか、ワイン輸入や空弁の企画などのフーズ・ビバレッジ事業、資材や保険代理業を手がけるライフサービス事業の4領域と、多彩な事業を展開している。そのため、国内外にグループ会社が20社もあり、本社も含めると、その組織数は約100にのぼる。オラクルのOracle Fusion Cloud EPM導入プロジェクトを進めてきた森慧氏は「組織数が多いので、全組織に一斉導入するのは不可能と考え、スモールスタートして段階的に展開してきた」と語った。
組織数が多いことで、予算・見通し収集用フォームを各組織にメールで配布・回収するというExcelに頼った従来の予算・見通し集計作業には、多大な労力と時間がかかっていた。提出されたデータに差し替えがあると、どれが最新版データか分からなくなるといったトラブルも頻発。「社内から『集計屋』と揶揄される状況を脱し、経営企画の本分であるデータ分析の高度化や、経営報告の早期化を進めたかった」(依田知浩氏)。
そこで導入したのがオラクルのOracle Fusion Cloud EPMだ。目標として、集計作業の労力削減、属人的な関数を使ってExcelに依存した分析からの脱却、バラバラになっていた経営データの置き場所をOracle Fusion Cloud EPMに集約して必要なデータを探す手間を減らす——の3点を定めた。
しかし、EPMシステムの構築は容易ではなかった。データを一元管理するためには、Oracle Fusion Cloud EPMを、基幹システムや連結会計システムと連携させる必要がある。データ連携には、それぞれのシステムを詳しく理解しなければならず、構造が異なるデータを変換・加工する必要もあった。また、グループ全体にOracle Fusion Cloud EPMを展開するには、人的リソースもノウハウも不足していた。そこで「まず国内子会社に絞って導入。問い合わせやエラーなどの情報を蓄積したことで、後の全社展開に役立った」(石本健氏)。本社の事業部門と、同じ事業セグメントのグループ会社をまとめた事業連結の予算・見通し集計では、事業を主管する本社の各事業部が、関連会社との内部取引等を相殺するために連結消去額を入力することになり、事業部側の理解を得ることにも苦労があった。
Oracle Fusion Cloud EPMの導入により、予算・見通しデータの集計作業の労力が不要になったのは大きい。さらに、事業連結の集計に事業部が関わることで、事業連結管理への意識が高まるという期待以上の成果もあった。今後は、EPMを分析で活用できる社員を増やすための教育プログラムを展開して「脱Excel」を図りたいとした森氏は「EPMクラウド導入は容易な挑戦ではないが、得られるものも大きい。活用を推進して企業価値向上に貢献したい」と語った。
■ゲストセッション3
経年データの蓄積により、変化の激しい時代を乗り越える迅速な経営判断を実現
綿半パートナーズ株式会社
経理財務ユニットマネージャー
井田 匡紀氏
小売・建設・貿易分野で事業展開する綿半ホールディングス株式会社傘下の綿半パートナーズ小売事業部門は、8年前の2016年にオラクルのOracle Fusion Cloud EPMを導入した。グループ12社の経理財務業務のシェアードサービスを統括する、綿半パートナーズの井田匡紀氏は「Oracle Fusion Cloud EPMを導入したことで、私1人だけで、管理会計、予実管理のほとんどの仕事ができている」と語る。
同社の主力店舗形態である「スーパーセンター」は、生鮮食品からホームセンター商材まで10万点超の品揃えがある。その商品は39部門に及び、店舗別、月次で商品部門ごとの売上や利益をExcelで管理するのは限界だった。そこで、予実管理の省力化、データの一元管理を目的としてOracle Fusion Cloud EPMを導入した。
EPMシステムは、POS(レジの販売管理情報)データ等が入った基幹システムや会計システム、それに人事関連情報の入った勤怠システムとデータ連携。Excel管理の店舗情報なども取り込み、Oracle Fusion Cloud EPMで経営データを一元管理する仕組みが構築できた。クラウドEPMのユーザーは、予算作成、予実管理のために経営情報の数値分析を行う経営管理の関係者に限定して、アカウント数を絞り込んだ。
店舗別売上の把握、売れ筋の商品などを分析したい現場の営業部門には、クラウドEPMのアカウントの代わりに、EPMの最新データをExcelに自動反映させるOracle Smart View機能を使った帳票を通じて情報を提供。店別の損益管理表、商品部門別の予算実績表、人時実績(従業員1人1時間労働当たりの売上や生産性)表、生鮮商品部門ごとの売上や利益、経費等をまとめた生鮮利益管理表など様々な情報の定型帳票を作成している。「営業部門への情報提供は、現場が行動につなげやすいデータを意識している。クラウドEPMはExcelとの親和性が高く、専門知識がない経営管理担当でも、システム部門に頼らず、Excelの帳票で伝えたい情報を発信できる」(井田氏)
Oracle Fusion Cloud EPM導入により、予算策定もスピードアップした。予算修正や、毎月更新する月次見通しテーブルも、修正・更新履歴の管理が容易になった。M&Aに伴うグループ会社数の増加にも問題なく対応できている。井田氏は「8年間にわたってOracle Fusion Cloud EPMを使ってきて、新型コロナ流行時の需要データなども蓄積できた。蓄積されたデータは予算の作成・管理に役立っている」と語る。
管理データは、今のところ損益データが中心だが、今後は、バランスシートの資産・負債・純資産データに範囲を広げ、同社の小売事業以外の建設、貿易事業へも展開を検討している。「データの一元管理によって、経営陣からのデータの要求に対して、素早く回答できるようになり、経営企画担当は社内から頼りにされる存在になった」と手応えを口にした。
■クロージング
Cloud EPMで経営管理改革! ~経営管理の高度化を推進するための最新トレンド~
日本オラクル株式会社
クラウド・アプリケーション事業統括FMS/EPM
ソリューション本部スタッフソリューションエンジニア
丹羽 舞佳氏
オラクルのOracle Fusion Cloud EPMは、予算策定、予実管理業務を効率化できるソリューションだ。予算策定はトップダウン、ボトムアップのどちらのフローにも対応。予実管理は脱Excel化を実現してデータ収集にかける時間を大幅に短縮することで、データ分析により多くの時間をかけられるようになる。しかし、経営管理の「高度化」は、さらに先にある。日本オラクルの丹羽舞佳氏は「AIを活用することで、集計だけでなく、分析や報告の作業時間も短縮できる。そうして生み出した時間を、経営課題に対するアクションに振り向けることが重要だ」と強調。Oracle Fusion Cloud EPMの最新機能を紹介した。
Oracle Fusion Cloud EPMは、条件の異なる複数のシナリオに沿ってシミュレーションを行って、その予測結果を比較する機能や、過去の実績に基づいた予測値を統計的手法で算出する予測プランニングなど、AI・機械学習を使った多彩な予測分析機能を備えている。「システムの予測をそのまま採用することには抵抗があるかもしれないが、経験や勘など属人性に頼った人の予測を、システムの予測と比較、検証することで、予測精度を向上させることができる」(丹羽氏)。また統計分析の手法を使った将来のキャッシュフロー予測機能、人の目だけではチェックしきれない膨大なデータの中から異常値を検出するIPM(Intelligent Performance Management)も備える。異常値を早期に検出することでタイムリーな施策につなげることが可能になる。
今後は、データの数値が示す状況を説明するレポート用の文章を、AIが生成するナラティブレポーティング機能もリリースする予定。丹羽氏は「経営管理の一連の業務を高度化できるサービスを提供できる」とアピールした。
2024年8月27日(火) オンラインLIVE配信
source : 文藝春秋 メディア事業局