著名人が父親との思い出を回顧します。今回の語り手は、高野秀行さん(ノンフィクション作家)です。
父は都立高校で英語の教師をしていた。勉強が大好きで教えることはもっと好きという人だった。
その父は私が高校生のとき、突然ギリシア神話熱に冒された。ギリシア神話の本を日本語と英語で読み漁るばかりか、ギリシア語まで習い始めた。しかも家族にギリシア神話を教えようとする。例えば、メナード化粧品の「メナード」とは酒の神ディオニューソスの取り巻きの女性たちのことだとか。夕食時にも延々とギリシア神話について講義するので、私たち家族(母、私、弟)はほとほとうんざりした。
なのに、私は父のギリシア神話熱に何度も付き合ってしまった。父が最初にギリシアへ旅行に出かけたときも「他に一緒に行ってくれる人がいない」と嘆くので同行したし、父がギリシアで出版された神話の本を訳したいと言うから、私がアテネにある版元を訪れ、社長と直接交渉したこともある。

極めつきは昨年だ。六月、父が急に歩けなくなり、病院で検査の結果、「末期の肝臓ガンで余命は数ヶ月」と診断された。生きる気力を失ったような父を元気づけようと、私は父が書きためたギリシア神話についての原稿を集め、自費出版で本を作ることにした。協力を頼んだのは当時刊行を準備していた自分の新著『酒を主食とする人々』の担当編集者である本の雑誌社の杉江由次さん。
装丁も私の新刊と同じデザイナーの金子哲郎さんにお願いした。全員が二つの仕事を同時進行させているから大変だ。しかもどちらを優先するかと言えば、余命が限られた父の本である。私の本は後回しになった。
おかげでちょうどクリスマスの日に父の著書『ヘレネの旅』が完成し、私たちはサンタクロースの帽子をかぶって本を病院にいる父のもとへ届けた。
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