腰痛探検家 コロナ禍篇

巻頭随筆

高野 秀行 ノンフィクション作家
エンタメ 読書 医療

 エンドレスで続くコロナ禍で腰痛に苦しむ人が増えていると聞く。リモートワークのおかげで、極端な運動不足になったり、自宅にちゃんとしたデスクと椅子がないままパソコン仕事をしたりするかららしい。

 かくいう私も三十数年来の腰痛持ちである。一時期は寝ても起きてもいられないほど痛み、整形外科からカイロプラクティック、鍼灸、リハビリ療法の一種であるPNF、謎のカリスマ治療師、心療内科、超能力(治療師が額からビームを出す)まで、ありとあらゆる治療にすがった。腰痛世界はアマゾン奥地のジャングルと同じくらい絶望的かつ脱出困難な魔境であり、その経緯を『腰痛探検家』という本に記したほどだ。

 最終的には全てを諦めてプールへ行き、しゃかりきに泳いでいたらよくなってしまった。理由はよくわからない。水泳の姿勢が腰痛にいいのはたしかだが、誰もが水泳で腰痛がよくなるわけでもないので、私の腰との相性が抜群によかったのかもしれない。

 以来、ときどき腰痛が発症しても委細かまわずバシャバシャ泳ぐことによって解決してきた。ビバ水泳! プールマイラブ! なのだが、話はそう簡単ではない。私が取材や旅で訪れるアジアやアフリカの辺境地には泳げる場所などそうそうないからだ。水泳ができないまま1週間も過ぎると魔の腰痛がしのびよってくる。近年はイスラム過激派やテロがはびこるソマリアやイラクといった治安のよくない場所に行くことが多く、自由に出歩けなくて運動不足になったり、ちゃんとしたデスクと椅子がなくベッドの上で変な姿勢で記録をつけたりするため、ますます腰が痛む。そう、リモートワークで腰痛になる会社員の人たちとそっくりだ。

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source : 文藝春秋 2021年7月号

genre : エンタメ 読書 医療