伝説の任俠と路地裏の物語
この著者の前著『古代中国の24時間』(中公新書)は4年前に話題になった。私は気にはなっていたが、読み逃してしまっていた。『古代中国の裏社会』は、その時から予告されていた「日常史」の続きらしい。表社会と対になる「裏社会」の徹底したリアルな解明に基づく歴史本である。
本書は深夜の暗殺依頼で幕を開け、鮮やかな暗殺が実行される。池波正太郎の「仕掛人・藤枝梅安」のようだ。この小説的設定は、すべて歴史学の成果の上にたって創作されている。漢代中国がいかなる社会だったか。人々はどんな暮らしをしていたか。

本書の主人公となる郭解(かくかい)は、『史記』の「游侠列伝」で、司馬遷が最も力を入れ、共感をこめて描いた「任侠」の徒である。高倉健をイメージすればよいのか。史実では背も低く、見栄えもよくなかったとある。健サンではどうも見当違いだ。武田泰淳は戦時中の名著『司馬遷──史記の世界』で、郭解も他の游侠の徒も、「英雄豪傑としては下流である」とそっけない。それなら司馬遷の共感はどこにあったのか。
『史記』での郭解についての記述は、現代語訳ではわずか数ページしかない。祖母は人相見として有名、父は死刑に処された任侠、郭解本人は若い頃には、殺人、贋金造り、墓の盗掘など、数えきれない犯罪をおかした。捕まっても恩赦でうまく刑から逃れる。
途中から心を入れ替え、「徳をもって怨みに報い」ると蒋介石みたいになる。人々から慕われ、尊敬される。漢の武帝によって移住を強制されるも、勢力は衰えない。武帝は郭解に国家反逆罪の汚名を着せて、最も重い死刑を命じた。
司馬遷による郭解伝のひとつひとつに対し、その裏付け、その理由、その背景を、歴史学の全分野を挙げて解明していく。普通に考えると、『史記』の克明な注釈となってしまいそうな内容なのだが、それが気軽にエンタメ本を読むように頭に入ってくる。それこそが著者が試みている「日常史」の細部と風景と雰囲気へのこだわりであろう。
郭解の家柄を探り、祖母が「一介の人相見というよりも、むしろ天下に向けて強い発言力をもつ人物だった」ことなど、『史記』以上の事実が次々に明らかにされる。一族が処刑されたはずなのに、子孫が存在したことも。
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