話は10年前にさかのぼる。

 2009年1月1日、父の実家に帰省していた私は携帯電話に不審な着信が残されていることに気がついた。電話は、都内の固定電話からかけられているようだったが、見知らぬ番号だったため、間違い電話だろうと思い込んだ私は、折り返し電話をかけることもしなかった。

〈あ、もしもし。ハブですけど……〉

 再び同じ電話番号から着信があったのは1月4日のことである。

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「あれ、間違い電話じゃなかったのかな……」

 そう思いながら今度は電話を取ったが、次の瞬間、私は驚愕のセリフを聞くことになる。

〈あ、もしもし。ハブですけど……〉

(は、羽生さん!?)

 私は思わず背筋を伸ばし、直立不動となった。将棋界の第一人者にして八王子将棋クラブの先輩にもあたる羽生さんからの「直電」である。

昨年末、八王子将棋クラブを訪れた長岡裕也五段(左)と羽生善治九段(右) ©弦巻勝

通算1000時間の研究会を通じて

〈将棋を指しませんか――〉

 羽生さんが電話をかけてきたのは、将棋の研究会の提案だった。私はノータイムで「ありがとうございます。お願いします」と答え、その月から(2人で対局する)「VS」方式の研究会がスタートした。

 研究会での羽生さんは、いつも謙虚で自然体だ。大雪で時間に遅れたとき、羽生さんは雪のなかを激走して息を切らしながら、待ち合わせの場所に「すいません」と駆け込んできたこともある。記念すべき第1回の研究会では、ガチガチに緊張してしまった私を見て、感想戦の最中に「そっか、これは確かに(駒を)トリニータ(取りにくい)か……」とまさかのオヤジギャグで和ませてくれるなど、気遣いを感じたこともしばしばだ。

1月28日に発売された『羽生善治×AI』(宝島社)

 2019年1月、羽生さんとの研究会が10年の節目を迎えたのを契機に、私は『羽生善治×AI』(宝島社刊)を上梓した。

 通算1000時間の研究会を通じ、羽生さんの研究方法、将棋に対する考え方のエッセンス、その人柄や素顔を明かしたもので、将棋にそれほど詳しくない方でも読める内容にしたつもりである。特に近年、将棋界、棋士にとって大きなテーマとなり続けてきたソフト、AI(人工知能)との向き合い方については、タイトルが示すとおり本書の主要なテーマとなっている。