文春オンライン
「お互いに中毒なんです。主人は私に、私は主人に」――樹木希林が語った夫・内田裕也

「お互いに中毒なんです。主人は私に、私は主人に」――樹木希林が語った夫・内田裕也

『一切なりゆき~樹木希林のことば~』より

2019/03/18
note

まず謝罪というのをしておかないと死ねない

 私はがんになったときに、命が限られたと思いました。そのとき、私がやらなければならないことは何だと考えたんです。子どもは自立して、孫もいて、孫は親たちがいるから大丈夫だと。

 問題は夫なんですね。さして自分では悪いと思わなかったんですが(笑)、長い間ほっぽっといたことはとりあえず悪い。向こうの悪いことは棚に上げておいて、私の悪かったことをずっと考えていって、まずはどうあれ夫に謝まってしまおうと思ったんです。まず謝罪というのをしておかないと死ねないと思ったんですけど、それを夫に伝えるのも大変なんです(笑)。電話だとお互い話してるうちにカアーッとくるので、最近は必要なときはファクスで連絡を取り合ってるんですね。

 

 それで何とか会うことになったんですが、夫は最初からテンションが上がっちゃって、一人でしゃべり続けて、私が、「今日は……」などと言いかけると、「ちょっと待て」と言って、関係のない日常の話をするわけです。向かい合ってきちっとした話をするということが、今日まで三十何年間したことがなかったので、彼としては居たたまれないわけですよ。でもこっちはこれを逃がしたら二度と機会はないと覚悟しているので、食事もとっくに終わっていますし、いよいよだと正座をして、「今日までいろいろご不満もおありでしょう。大変申し訳ないことをいたしました。すみませんでした」って、芝居みたいになりましたが、それだけ謝って別れたんです。それくらい私の家は、夫婦であっても、会話のできない夫婦でした。

ADVERTISEMENT

 結婚生活なんて、何か月もなかったという感じなんです。でも私は、病気をした結果、そこに行きつけたというのは大変な収穫だったと思うんですね。

 その後、あの話をした夜、夫がある人を呼び出して、そば屋でビールを飲んで、お銚子を20本くらい空けたと聞いたんです。呼び出された人によると、夫はすごくテンションが高くて、とても嬉しそうで、あんな姿を見たのは初めてだって。その話が私のところに伝わってきたとき、私はこれでもう死ねるなと思いましたね。

(「宇津井健さん、樹木希林さんをお迎えして。」2007年1月)

一切なりゆき 樹木希林のことば (文春新書)

樹木 希林

文藝春秋

2018年12月20日 発売

「お互いに中毒なんです。主人は私に、私は主人に」――樹木希林が語った夫・内田裕也

X(旧Twitter)をフォローして最新記事をいち早く読もう

文春オンラインをフォロー