私立大の歯学部が低迷した背景
なぜ、私立大学の歯学部が、こんな目も当てられない状況に陥っているのか。それは、高い入学金や授業料を払って私立に入ったとしても国試に合格できるとは限らないうえに、歯科医師になれたとしても安泰とは言えないことを、受験生も保護者もよく知っているからでしょう。
かつて歯学部には、親の歯科医院を継ぐ予定の子弟や、医師になりたかったけれど医学部に通らなかったという学生がたくさんいました。しかし今では、歯科医院を継ぐことを求めない保護者や、医学部は狙うが歯学部には行かないという受験生が増えたため、歯学部の人気が落ちました。それが、現在の偏差値低下の背景にあると考えられます。
しかし、こうした現状は、喜ばしいことではありません。現在の国試合格率から推測するに、途中ドロップアウトする学生もいるでしょうから、歯学部に入っても5~6割しか歯科医師になれないのです。目的を達成できなかった歯学部出身者たちは、その後、どんな人生を送るのでしょう。歯科技工士や歯科衛生士になる人もいると思われますが……やはり大きな挫折感を抱えることになるのではないでしょうか。
技術がないのにインプラントや矯正歯科に力をいれる歯科医院も
それに、歯学部の偏差値の低さや国試合格率の低さは、患者側からしても心配になります。国試に合格することで一定以上の知識や技術が担保されるとはいえ、歯科医師になってからも知識や技術を磨き続け、高いモラルを保った歯科医療を提供してもらえるのか。
実際、歯科医院が多くなって過当競争になった結果、診療報酬が低く抑えられている虫歯や歯周病、入れ歯、歯根治療などの保険診療よりも、高い売上が期待できる保険外診療のインプラント(人工歯根)、ホワイトニングなど審美歯科、矯正歯科などに力を入れる歯科医院が増えていると言います。
そうした中には、高い技術力で良心的な治療を提供している歯科医院がある一方で、技術が未熟なのに保険外診療に手を出して、高い治療費を取るところもあると言われています。実際、この3月14日にも、独立行政法人国民生活センターが、「あなたの歯科インプラントは大丈夫ですか-なくならない歯科インプラントにかかわる相談-」という注意喚起を行っています。
歯科医療業界がこんな状態に陥ってしまったのは、文部科学省と厚生労働省の怠慢・無策と、既得権益にしがみつく大学関係者の責任が大きいのではないでしょうか。
「虫歯の洪水」ではなくなったかもしれませんが、虐待のために虫歯だらけになってしまった子どもや、入れ歯が合わず困っているお年寄りはたくさんいます。歯の残っている数(残存歯数)が多いほど認知症の発症率が低く、要介護になりにくく、健康寿命も延びるという研究結果もあります。歯医者さんが多すぎるからといって、歯医者さんの重要性が減ったわけではないのです。
人びとの口の健康を守るためにも、歯学部が置かれている現状を、このまま放置してはいけないのではないでしょうか。