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「先生、僕、研究者になりたいんですが」……悩める若手にどう答えるべきか

文春野球コラム ペナントレース2019

2019/05/22

大事なのは「ストロングポイント」を作ること

「それでもやってみたいんです」

 

だとすれば、こちらも腹を括るしかない。筆者の教える分野は人文社会科学系の中では多少なりともポストのある分野であり、幸いな事に過去に筆者の下、博士号を取得した教え子達は、今のところ全員どこかの大学で、常勤のポストを得て活躍する事となっている。もちろん、それは彼らの努力の結果であり、筆者がただ教え子に恵まれただけである事は言うまでもない。ともあれ過去の経験から言えば、チャンスは決して多いとは言えないが、機会が全くないわけではない。優秀なOB/OGの後を追うように、彼らが成長してくれればそれに越したことはない。

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「でも、どうすればいいのですか」

 院生さんには一人ひとり、個性もあり固有の背景もあるから、ここからは手探りで行くしかない。しかし、過去の経験から言えることが幾つかある。第一に言える事は、この世界で生き残っていくには、どこかに絶対的な「ストロングポイント」、つまり他人にアピールできる部分を作っておかなければならない、という事だ。競争が厳しい昨今だからこそ、誰もが出来る事を当たり前にやっているだけでは、他から抜きんでて、レギュラーポジションを獲得する事はできない。勿論、予算削減で人手が減らされる中、「研究しかできない」「教育しかできない」人が論外なのは事実である。しかし、その事は、その人がそれ以外に、自分固有の「ストロングポイント」を持たずとも良い、という事を意味しない。

「内野ならどこでも守れる」「いや外野だって守れる」人は、確かにチームにとっては便利だろう。しかし、そういう「何でも屋」は組織に一人か二人で十分だし、そんな仕事はそろそろ第一線で通用しなくなりつつあるベテランにやってもらえば十分だ。焦る若手は時に出番を求めて、いろんな仕事をやりたがる。しかし、結果として自分が本当に専門としない分野で無理に試合に出て、エラーを連発してチームが敗れるなら、結果としてその若手も評価を落とし、自信を失ってしまうだけだ。若手に本来やりたかったことをやらせず、チーム事情で、いろんなポジションをたらい回し、結果として使い潰して行くなら、それは「育成」が間違っているという他はない。何もかもが平均点だというのは、競争が厳しい世界では「ストロングポイント」ではなく、「弱み」にしかならない。それでは彼らがこの世界で生き残って行くことは難しくなるからだ。

 大事なのは、若手にポジションを与える側は、彼らに「将来のスター」となってくれる事を望んでいる、という事である。「ストロングポイント」が明確なら、組織の中でその人の使い方も明確になるから、若手にとっても生き易い。それは例えば、特殊な語学能力でもいいし、特定の研究分野での飛び抜けた実績、更には独自の社会的ネットワークでも構わない。そして、そんな「自分にしかできない仕事」がある人には華がある。そして組織は、今度は新たに「チームの顔」になった彼らに憧れて、次なる人々が集うのを望んでいる。

指導教官とフロントの役割は同じだ

「ストロングポイントと言われても、それをどうやったら作れるかわかりません」

 そう、他人に振り返ってもらえるような「ストロングポイント」が簡単に作れるなら苦労はしない。大学院生ならそれまでに留学したり、国際学会でもまれたり、地道な経験を沢山積む事が重要だ。誰もが入団した瞬間から活躍できる「ドラフト1位の即戦力」なら苦労はしない。そもそも「スタジアム」で顔を覚えてもらうのだって一苦労だ。

 だからこそ、そんな若手にコンスタントで華やかな活躍をいきなり求めるのは、無理筋だ。そもそもどんなに優れた仕事をしていても、時に研究費や研究発表の場といった機会に恵まれず、思ったような「勝ち星」がつかないことも日常茶飯事だからである。そしてその様な中、甞ては旺盛だったやる気を失って、潰れていく若手も少なくはない。

 そんな時、重要なのは周囲の人間がしっかりした評価をしてあげる事だ。たとえ「勝ち星」がつかなくても、他から思ったような評価が得られなくても、良い仕事をしている人には、彼らを指導している人たちこそがしっかりとケアをしてあげる事が重要だ。そしてそのケアは細かければ細かいほど好ましい。何故なら、人間は簡単に折れてしまうものだからだ。人間が折れれば、チームも折れる。「年に一回、まとめてきちんと評価してやれば十分だ」と思うのは、恵まれた立場にあるものの勘違いだ。

 そしてそれはもちろん、やみくもに励ましてやればいいという事を意味しない。大事なのはきっちりと評価ポイントを決め、その評価をきちんと若手にフィードバックする事だ。そして、評価の基準は増減する「打率」や「防御率」ではなく、一旦積み重なれば失われる事のない「安打数」や「投球回数」が望ましい。減ることのない実績が、一つずつ積み重なっていけば、それは確実に彼らの自信につながるからだ。6回を3失点内で抑えるクオリティスタートをして、100球をきちんと投げ切れば、それは十分に「勝ち星」に値する。若手、そして選手が活躍する場を準備するのは、大学ならシニアのスタッフ、球団ならフロントの責任だ。責任を現場に押し付け、スタッフを腐らせるだけなら、そんなフロントは居ない方が良いに決まっている。

「大丈夫だ、お前の努力は俺が見ているから安心しろ。俺がきちんと評価してやるから、お前は安心してお前の仕事をしろ」

 指導教員やフロントの役割はそうやって若手の背中を押してやることだ。必要なら、自ら学会やスタンドに足を運んで、若手と一緒に悔し涙を流せばいい。苦しい今の時代だから、せめてそんな環境で若手に仕事をさせてやろう。そうそして明確に伝えるのだ。俺たちはまだ諦めてなんかいない。由伸、翼、K-鈴木。どんなに負け星が沢山ついても、俺たちの中ではお前たちはいつも勝ち投手だ。俺たちが見ているから安心して投げて良いぞ。

5月18日の西武戦でようやくプロ初勝利をマークしたK-鈴木と西村徳文監督

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