心筋梗塞や脳卒中を起こすと大変です。命に関わるだけでなく、障害が残ると患者本人だけでなく、介護をする家族もつらい思いをします。ですから、心筋梗塞や脳卒中のリスクを下げるためにも、血圧を厳しく管理するのは無条件にいいことだと思う人が多いかもしれません。
しかし、「週刊文春」にも記事を書きましたが、今回のガイドライン改定に複数の医師が「反対」または「疑問」と表明しています(「高血圧『新目標値』130に専門医が異議あり!」2019年3月7日号)。なぜでしょうか。それは、薬(降圧薬)で厳しく血圧を下げることが、かえってマイナスになることもあるからです。
薬による「過降圧」で、転倒・骨折する人も
とくに注意が必要なのが高齢者です。高齢になると高血圧の人が増えるのですが、それだけでなく日中の血圧の変動も大きくなります。そのため、お風呂やトイレから出たときに急激に血圧が下がって、転倒・骨折する人がいるのです。また、これからの季節は「夏失神」と言って、気温の上昇や発汗で血圧が下がり、意識を失う人もいます。そうした転倒や失神の要因の多くが、実は降圧薬による「過降圧」だと指摘されています。
高齢者の転倒・骨折は、寝たきりにつながります。それに、血圧の下げ過ぎによる認知機能の悪化や急性腎臓障害などに注意すべきとの指摘もあります(日本老年医学会「高齢者血圧診療ガイドライン2017」)。降圧目標が厳しくなると、こうした過降圧にともなうトラブルが増えるのではないかと懸念されているのです。
6種類以上の薬を飲んでいる人も注意
また、高齢者は高血圧だけでなく、不整脈、糖尿病、関節の痛み、不眠、認知症等々、複数の病気や症状を抱えているため、降圧薬以外に何種類もの薬を飲んでいる人がたくさんいます。こうした状態を「多剤服用(ポリファーマシー)」と呼ぶのですが、6種類以上飲んでいると薬の作用が増強されるなどして、有害事象が増えるという研究があります。
本来なら、飲みすぎている薬を減らしたほうがいいのに、もしかすると降圧目標が下がったことで、さらに薬が追加される人が増えるかもしれません。そうなると、薬の飲み過ぎのために起こっていた体調不良が、さらに悪化するということもあり得ます。
ですから、高齢者をたくさん診ている医師の中には、「血圧は140~150程度で安定できていれば、そんなに気にする必要はない」という人もいます。実は、高齢者の中には血圧を気にして、1日に何度も測る人がいるそうですが、血圧を心配し過ぎるとリラックスできず、逆に血圧が上がってしまいます。それなのに、降圧目標が厳しくなると、なかなか目標に到達できず、余計に不安を煽ることになるかもしれないのです。