そして記者会見では批判という批判を浴び続けることで、責任追及が大崎会長までさかのぼるのを止めた。なにしろ取材陣の立場からすれば、いつまでも質問に答え続けてくれるのであるから、「社長では話にならない、会長を出せ」とは言いづらい。なるほど「大崎命」である。その肚があっての5時間半であったのか。
「地頭がいい」「数字に強い」では計りきれない能力とは
岡本社長にみるように、ひとの能力や器というのは、「地頭がいい」とか「数字に強い」とか、そうしたものだけでは計り知れないものだ。たとえば宝島社の編集者は、プロレス興行師の永島勝司が、借金取りからひっきりなしにかかってくる電話に対して居留守をつかうこともなく出ては謝り続ける姿に感心し、こう綴っている。「カネは返さないが、ひたすら謝り続ける。これはひとつの才能である」(『プロレス界vs.別冊宝島』)。肚のすわった人間のみができる芸当であろう。
あるいは東京電力の会長だった勝俣恒久。「やけどのあと――人気作家の東電株主総会突入記」(月刊文藝春秋・2011年9月号)という、小説家・万城目学が2011年の福島原発事故後の東京電力の株主総会に出席し、その様子を書いたものがある。ここで万城目は、6時間に及んだ株主総会のあいだ、一度も中座することなく4000人の株主と向き合い続ける71歳の男を目の当たりにし、その「妖怪」ぶりをこう記している。
「私が素直に感嘆したのは、六時間にわたり、ほぼひとりで怒号がやむことのない荒れる株主総会を差配し続けた、勝俣会長の頭脳と胆力だった」。そしてどんな質問に対しても回答を引き受け続けることで、勝俣は「会場じゅうから向けられた敵意を一身に受け止め、彼は左右に控える役員を守っていた。東京電力という会社を守っていた」と。
そういえば、くだんの岡本社長の記者会見に出たという者の匿名ブログには、「ただ、会見の時間中、吉本の人たちは、背筋を伸ばしたまま、水を飲むこともなく、どんなことを言われても一応対応し、そうした態度は確かにすごいと思った。逆にそれが怖いのけど」(注3)との率直な感想がある。ネットでは呆れられたり失笑されたりの岡本社長だが、その場に居合わせた者には勝俣同様に、「妖怪」として映ったようだ。
ところでこの記者会見、あるいは一連の吉本騒動に世の中は何を見たろうか。