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 よく知らない身分の高い男に選ばれることではなく、主体的に生きることが女の幸せである。それには諸手を挙げて賛成します。しかし、そのメッセージをシンデレラ物語になぞらえポリティカル・コレクトネスを追求した結果、エラはとんでもなく自己肯定力の高い女になりました。自尊心が高いから、手に入りそうもないあこがれにもまっすぐ向き合える。厳しい!

 幼少期にシンデレラ物語を刷り込まれた女の首は、年を重ねるごとに真綿でゆっくり締め付けられます。それは、類稀なる美貌がなければ王子様は迎えに来ない現実を突きつけられるからだけではありません。女はじっと待つしかないという強迫観念のせいでもありません。白鳥のように水面下で足掻(あが)き、執念で土俵にあがり、そのうえで「まさか、私が!?」という顔で王子様(気取りの男)の手をしっかり取れる女が、実在することを目の当たりにするからです。そして、どう頑張っても自分はそうなれないと気付くからです。

 ガラスの靴を忘れたのは偶然なのか? 舞踏会に遅れて行ったのは、合コンに遅れて登場する戦術の元祖なのでは? シンデレラが「幸せになりたい」という願いに主体性を持てば持つほど、「こういう女……いる」と、おとぎ話は嫌なリアリティを帯びていきます。綺麗なドレスで王子と衆人の前で踊るのは立派な自己顕示であり承認欲求。本人はビタイチ気付かないフリをしておりますが。

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 王子の後ろ盾を得た瞬間、背筋をピッと伸ばして継母たちに一瞥(いちべつ)を喰らわせるシンデレラには戦慄が走りました。そこにセリフを充てるならば「見たか! 正義は勝つ!」でしょう。ああ、私はこうはなれない。エラちゃんよ、勇気と優しさはどこへ行ったんだ。勇気って大胆さのことなのかよ。

 帰る道すがら「終盤、スンスン泣く声が聞こえませんでした?」と同行者の女子が私に尋ねました。そういえば、隣のカップルが泣いていたような。

 彼女は続けます。「あれ、カップルの男の方が泣いてたんですよ。死に際の王と王子が、政略結婚ではなく真に愛した女性を娶(めと)ると固い男の約束を交わしたあたりから」

 なんだかなぁ。いや、男が泣くことを責めているのではありません。「男同士の約束」に感極まったことにゲンナリしてしまったのです。結局、男の壮大な物語に組み込まれたフリのできる女が、類稀なる幸運に恵まれるのか。まあね、地位と名誉と権力と経済力を兼ね備えた男なんて、レアメタル並に限られた資源。それを奪い合うのですから、美貌は当然のこと、知能も大胆さも図太さも兼ね備えなければどうにもならんのじゃろ。

 男物語の主導権を握らず、しかし主体性を持って我田引水できる女。なんだか他薦で優勝するミスコンの女王みたいですね。あー地位と名誉と権力と経済力に恵まれた男に興味がなくて良かった。そんな私の負け惜しみを聞いたらエラはきっとこう言うでしょう。「違うわ、真に愛した人がたまたまそうだっただけよ」と。

ジェーン・スー

ジェーン・スー

東京生まれ、東京育ちの日本人。作詞家、ラジオパーソナリティー、コラムニスト。音楽クリエイター集団agehaspringsでの作詞家としての活動に加え、TBSラジオ「ジェーン・スー 生活は踊る」でパーソナリティーを務める。著書に『私たちがプロポーズされないのには、101の理由があってだな』(ポプラ文庫)、『ジェーン・スー 相談は踊る』(ポプラ社)があり、『貴様いつまで女子でいるつもりだ問題』(幻冬舎文庫)で第31回講談社エッセイ賞を受賞。