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芥川賞候補となった『夏の裁断』を越えて、エンターテインメント小説に舵を切っていく「決意」――島本理生(1)

話題の作家に瀧井朝世さんが90分間みっちりインタビュー 「作家と90分」

2015/10/24

genre : エンタメ, 読書

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夏の3日間で一気に書き上げた『生まれる森』

――「シルエット」の次に書かれた『リトル・バイ・リトル』(03年刊/のち講談社文庫)で見事野間文芸新人賞を受賞されますね。これは高校を卒業してアルバイトをしている女性の日常を描いた青春小説であり、家族小説である。

リトル・バイ・リトル (講談社文庫)

島本 理生(著)

講談社
2006年1月13日 発売

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島本 この時期はいろいろ楽しかった時期で。単位制高校に通っていたんですが、すごく自由な校風で、はじめて学校って楽しいなって思いました。大学と同じで、単位を取ればあとは本当に好きにしていいという学校で。小説自体は学園物ではないんですけど、そのときの前向きな感じは出ていると思います。

――あ、島本さんは一度高校を入り直したんですよね。それまで学校が嫌だったんですか。

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島本 ずっと学校が嫌いでした。学校というか、保育園も嫌で、通園途中の自転車から飛び降りて走って逃げようとして、足に大けがをしたことがありました。

 集団が苦手だったんです。授業を受けている以外はもう、全部自分の好きにしていたかったんです。本を読んで、ぼーっとして、自分の物語を考えていたかった。お遊戯会の練習もしたくないし、部活もやりたくないし。友達に合わせるのもつらかった。女の子同士で「みんなで遊ぼうよ」と言っているなかで「本を読んでいたい」みたいなことは言えなかったから。

 でも単位制高校では、そういう子たちがいっぱい来ていたんです。干渉してほしくないし、学校は勉強だけしに来ればいいと思っている子たちが。で、みんな自分のやりたいようにやっていたのですごく楽でした。その時は似たような友達もいっぱいいました。家も川沿いの、周囲に自然の多いマンションに住んでいたので、その時の風景のまぶしい感じ、毎日気楽で楽しい感じが、『リトル・バイ・リトル』にはすごく出ていたなと思います。

――その次が『生まれる森』です。後から考えると、これは『ナラタージュ』(05年刊/のち角川文庫)への助走だったのかと思いますけれど。

ナラタージュ (角川文庫)

島本 理生(著)

角川書店
2008年2月 発売

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島本 ああ、つながっていましたね。『生まれる森』を書いた時は結構きつかったんです。書きたいことがたくさんあるのに、どうしてもまとまり切らない。で、うまく整理できていないままに、何か抜け出す手がかりが欲しいと思って3日間くらいで書いたんですよね。

――えっ。『生まれる森』を3日間で、ですか? 結構な枚数ありますよね?

島本 そうです。締切ギリギリまでできなくて、3日間だったと思います。夏の日に一人暮らしの部屋で倒れそうになったのを憶えています。その頃は体力があって、書くのも速かったんですね。『リトル・バイ・リトル』も1週間くらいで書きました。元気だったんだなって思います(笑)。

――そうやって恐ろしいスピードで書き上げた後で、準備期間を設けてじっくり書いたのが『ナラタージュ』というわけですか。これは高校の時に好きだった教師と大学生になった後で再会し、思いが再燃していく女性の心の揺れを丁寧に追った、ずっしりとした恋愛小説。

島本 『ナラタージュ』は1年くらいかけて書きました。書き下ろしだったので、執筆にかけた時間をトータルするともっと短いかもしれませんが。とにかくちゃんと書き出すまでにやたら時間がかかって、担当の方にすごく励まされながらやっと書き上げた小説でした。

『生まれる森』では恋愛かさえも分からない女性と男性との関係を、精神的なつながりを含めた本物の恋愛として書き直したかったんです。年齢を超えた二人の絆みたいなものを書きたいなとも思いました。それと、自分の学生時代の、特に高校生時代の光と影みたいなものを今のうちに書いておこうとしたんです。