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特集観る将棋、読む将棋

2020/03/13

「意外と普通の女の子ですね」と言われるのが嬉しかった

 師匠は父である塚田泰明九段。師弟関係になるにあたり、特別に頭を下げて「お願いします」といった儀礼的な挨拶もなく、自然とそうなったという。こうしてひとつ屋根の下に3人のプロ棋士が暮らす生活が始まった。なお両親が棋士であるということは、小学校時代から、周りの友達はみんな知っていたそうだ。

塚田 父と母が学校に将棋を教えにきたり、私が大会に出て優勝したら表彰されたりもしていたので、両親が棋士で、私が将棋をしていることはみんな知っていました。

 

――周りからは、どう思われがちでした?

塚田 私が将棋を始めた頃は、将棋をやっていると「すごい」と言われる時代でしたから、ネガティブなイメージを持たれることはありませんでしたね。ただ、よく「頭が良さそう」と言われることがあって……。私は学校の勉強は苦手だったので「いや違います」と、説明するのが大変でした。昔は「意外と普通の女の子ですね」と言われるのが嬉しかったです。

――やはり、家に来られたりするなど、棋士は昔から身近な存在なのでしょうか。

塚田 昔は、我が家で研究会をしていたので、そこに参加されていた中村修先生(九段)、佐藤秀司先生(七段)、高橋道雄先生(九段)、郷田真隆先生(九段)とはよくお会いしていました。郷田九段は、小さいとき、よく私を追い回して遊んでくれていたみたいです(笑)。

――棋士の先生が、親戚のおじちゃんみたいな感じですね(笑)。

塚田 小さい頃は、両親の昇段パーティーに連れて行かれたとき、壇上で転がりまわっていたらしいんですが、そんな恥ずかしいところを見られている先生もいらっしゃいますね(笑)。

 

師匠とは指したことはないんですよ

 このように両親の仕事ゆえ、棋士が身近な存在だった塚田女流。師匠とも同じ屋根の下に暮らしてきているのだから、さぞ多くの指導を受けてきたかのように思うが、意外にもそうではないようだ。

――やはり、ご家族でよく将棋を指しますか?

塚田 母親とは、今まで何局も指しましたけど、師匠とは指したことがないんですよ。

――お父さんとは、指したことがない?

塚田 そうなんです(笑)。指し初め式で指したくらいですね。私から、ある局面を持って行って「ここはどう?」といった質問をすれば答えてくれますけど、あまり教えるのは好きじゃないみたいです。

 

――家族で棋譜を検討したりするようなことはありますか。

塚田 将棋の中継を見ながら家族で話すことはありますが、将棋の研究を家族ですることはないですね。あと父と母が指すこともありません。