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提出後に「描き直したい」と伝えた理由

 村上さんからも編集部からも「思うまま、自由に描いてください」と言っていただけたので、かなり自由度の高い制作作業になりました。実際にとりかかると、次から次へとアイデアが湧き出てきたんです。

 ただ、今回は自分にとってあまりにも重要な仕事だったので、もっとうまく描けるんじゃないか、まだ何かが足りないんじゃないかという気持ちがいつもどこかにありました。そんな中、アングレーム国際漫画祭に台湾代表として参加することになり、フランスへ行ったんです。そこでパリの美術館や博物館を訪れ、教科書でしか見たことがない作品に直に触れたことが、とてもいい刺激になりました。

 実は、完成させた挿絵を編集部に提出してからパリへと発っていたのですが、帰国後、思い切って編集部に「描き直したい」と伝え、最終的には少し修正を入れさせてもらいました。

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『猫を棄てる』掲載の挿絵 ©高妍(Gao Yan)

――挿絵を描き終わった瞬間は、どのような気分でしたか。

 何より、締め切りまでに提出できてほっとしたというのが、正直な気持ちでした。提出後は、村上さん、編集者、アートディレクターからよい反応をいただけて、素直にうれしかったです。

 さらに感動したのは、村上さんが私の名前を表紙に載せて、あとがきでも触れてくれたことです。そのように形にして評価していただけたことは、この上ないほど栄誉なことでした。あとがきの中で村上さんは、私の絵に対して「どこか懐かしいところがある」とおっしゃってくださいました。私は村上さんの作品の中にある場所に行ったこともないし、写真すら見たことはありません。それでも、私の創り上げた世界観から村上さんがそういう気持ちを抱いてくれたことは本当に光栄で、私にとって最大級の誉め言葉でした。

『ノルウェイの森』の小林緑が好き

――そもそも村上春樹さんの大ファンだった、とのことですが、最初に出会ったのはどの作品だったのでしょうか。

 今このインタビューを受けている場所(台北市内にある『海邊的卡夫卡(海辺のカフカ)』というカフェ)は、ライブハウスとしても知られていて、昔、初恋の人に出会ったのもここでした。その彼が「一番好きな本」だと教えてくれたのが『ノルウェイの森』で。それを聞いてすぐに読んだのが、そもそものきっかけです。読めば読むほど、自分のものになっていく手ごたえを感じました。

「好きな雑誌は『ガロ』。特に、佐々木マキさん、つげ義春さん、安西水丸さんの作品に影響を受けました」

――村上作品の中でいちばん好きなのも、やはり『ノルウェイの森』ですか?

 そうですね。……ただ、『ノルウェイの森』が好きというより、作品の中に登場する“小林緑”が好きなのかもしれません。彼女がいるからこの作品が好きなんです。他にも、『女のいない男たち』もいいですね。その中の「イエスタデイ」と「シェエラザード」が特に好きです。官能的でありつつも乙女チックで、片思いがいきすぎて“変態”になってしまったという思いにも共感できるんです。

 村上さんの作品は多くが男性目線で書かれていますが、この作品は割合として女性側の語りが多かったのが、良い意味で村上さんらしくないな、と思っていて。そこが気に入っています。あとは、安西水丸さんと共著の『ふわふわ』も好きです!