「会社に入って20年余、角川ソフィア文庫の編集長を務めて10年という節目の年に、そろそろ自分の欲しい本を出しても良いかなぁと(笑)。もちろん編集者としての勝算もありました。前年に出版した『小泉八雲東大講義録』の最終講義の一部をSNSに投稿したら、そのツイートに2万近い“いいね”が来た。これはいける、と。日本人は、最終講義が好きなんです」

 と編集者の大林哲也さんは語る。この度、『日本の最終講義』(KADOKAWA 4500円+税)を編集、出版した。

大林哲也さん

 5000円近い大部の本に収録されたのは、鈴木大拙(仏教哲学者)、宇野弘蔵(マルクス経済学者)、貝塚茂樹(中国史学者)にはじまり、網野善彦(歴史学者)、阿部謹也(西洋史学者)、日野原重明(医師)に至る錚々たる23名もの最終講義。

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「仕事の合間に、国会図書館に行ったり、ネットでひたすら検索をかけてヒントを探したり、弟子筋の方に尋ねたりと色々と探しました。

 日野原氏、江藤淳氏(文芸評論家)、梅棹忠夫氏(民族学者・比較文明学者)などは、これまで著作集や全集にも収録されていない貴重な講義だと思います。

 江藤氏の講義は、かつて教授をしていた慶応大学SFCのサイトの奥深くに1行、存在することが記されていて、そこから辿っていって見つけました。

 母校の教授になった経緯を詳述していて、こんなにも母校への愛があったのかと、江藤氏の人間性も感じられる私のお薦めのひとつです。

 保守派の論客として知られた猪木正道氏(政治学者)の講義も良いですね。猪木氏が独裁の研究を志したのが、1933年1月30日、18歳のとき。この日にヒットラーが政権をとりました。まさに同時代に生きた人の想いを感じることができます」

 収録作は講義が行われた年の順に並んでおり、講義者の世代だけでなく、講義の行われた時代も感じさせる。

 現代中国政治学の泰斗だった中嶋嶺雄の最終講義が行われたのは、9.11(2001年)の直後だった。21世紀に入って起きた国際社会の大きな変動のなかで、異文化を理解することの大切さを訴えたものだ。

 充実した内容の1冊だが、大林さんが八方手をつくしても、収録できなかったものもあったという。

「収録したかった湯川秀樹氏などは、新聞報道はあるのですが、残念ながら活字になったものを見つけることができませんでした。

 本当は、人文編と自然科学編の2冊を出したかったんですが、自然科学の研究者の最終講義はあまり残されていないんです。あっても専門性が高くなってしまって。

 古い時代の講義は、知の探究者然としているのですが、80年代を下ると、大学の教員という側面が色濃くでてくるのが興味深かったですね。教養に対する関心の衰えを指摘する声もありますけれど、本書で昔の学者は凄かったと感じてくれれば嬉しいです」

おおばやしてつや/1974年、神奈川県生まれ。編集者。中央大学卒。1998年、角川書店(現KADOKAWA)入社。角川ソフィア文庫編集長を経て現在、学芸図書編集長。

日本の最終講義

鈴木 大拙 ,宇野 弘蔵 ,大塚 久雄 ,桑原 武夫 ,貝塚 茂樹 ,清水 幾太郎 ,遠山 啓 ,中村 元 ,芦原 義信 ,土居 健郎 ,家永 三郎 ,鶴見 和子 ,猪木 正道 ,河合 隼雄 ,梅棹 忠夫 ,多田 富雄 ,江藤 淳 ,網野 善彦 ,木田 元 ,加藤 周一 ,中嶋 嶺雄 ,阿部 謹也 ,日野原 重明

KADOKAWA

2020年3月27日 発売