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2019年M-1・全員インタビュー なぜ“神回”になったか

2020/05/17


伊藤 論理的ですね。ネタや人がおもしろいだけではM-1は絶対、勝てないと思うんです。まあ、中には、マンパワーで押し切っちゃうところもありますけど。僕、NSCに入ったとき自分は天才なんだと思ってたんです。でも僕ら芸歴8年、結成5年なんですけど、自分らはそのタイプではないと気づきましたから。戦い方を考えないと。

――構成も大事だと。

伊藤 構成もそうですし、メンタル面も大事ですね。川瀬さんは、ひっくり返るくらい気持ちが強い人ですから。僕も性格的には川瀬イズムを受け継いでると思うんですけどね。あそこまで徹底はできないですけど。

――でも、今大会は、師匠は決勝に行けず、弟子だけ行ったみたいな感じなわけですよね。それって複雑なのでは?

伊藤 ゆにばーすさんと一緒に行きたかったんです、正直。

畠中 それが理想です。でも、初めて川瀬さんに褒めてもらえたんです、準決勝で。完璧やったと。

「伊藤です。畠中です。2人合わせてオズワルドです」

――決勝でネタを終えたとき、伊藤さんが自分たちの漫才のことを「しっとり」と表現していました。漫才のスタイルで「しっとり」というのは、あまり聞いたことがないですが、これまで影響を受けた漫才師は?

畠中 栄養をもらったのは、ポイズン(POISON GIRL BAND)さんですかね。あれだけローテンションな漫才で何回も決勝に行ってすごいなと思っていて、結局、僕らも似てるってよく言われるようになったので。

 

伊藤 あとは、おぎやはぎさん。死ぬほど見ましたから。ポイズンさんとおぎやはぎさんは。でも、吸収するためというのと、あと一つは、かぶらないようにするためですね。どうしても、自分たちがおもしろいと思ったことを、すでにやってるということが多いんですよ。おもしろいと思う部分も近いんだと思います。

畠中 おぎやはぎさんの自己紹介が、いちばん僕らっぽいと思いますもん。

伊藤 「伊藤です。畠中です。2人合わせてオズワルドです」ってな。でも、それはもうやられてるのでできない。

畠中 ある作家さんには、おまえら、おぎやはぎそのまんまやん、みたいなことをずっと言われてました。今は、そこから脱して、だいぶオリジナルになってきたと思うんですけど、いまだに言われます。おぎやはぎっぽい、ポイズンっぽい、って。

伊藤 あくまで「っぽい」だから。大きく括ったら、どこのコンビだって「っぽい」って言えるよ。

「おまえ、どこポジティブになってんだよ(笑)」

――最後にM-1後のことも少しうかがいたいのですが、だいぶ変わりましたか?

伊藤 バイトしないでもご飯を食べられるようになりました。

畠中 ただ、コロナの影響でまったく仕事がなくなってしまったんで、また、バイトを始めようかと思ってます。最初の1カ月くらいでしたね、M-1の恩恵を受けたのは。でも1カ月でよかったです。半年ぐらい経ってたら、今さら、バイトなんてできない体になっていたと思うんで。そこは売れなくてよかった。

伊藤 おまえ、どこポジティブになってんだよ(笑)。

【前編】M-1最高点ミルクボーイ直後の“焼け野原”で戦った オズワルドが明かす「空気を変える作戦」 を読む)

 

写真=山元茂樹

オズワルド/畠中悠(ボケ担当)と伊藤俊介(ツッコミ担当)のコンビ。畠中は1987年12月7日北海道出身。伊藤は1989年8月8日千葉県出身。東京NSC17期の同期で2014年11月に結成。

M-1では15年、17年、18年に3回戦進出。19年に初の決勝進出で7位に。

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