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ウィルスも怖いが、人間のほうが怖い――村田沙耶香の「パンデミックな日々、日本にて」#6

2020/05/24

 数日前、東京を含む8都道府県以外で、緊急事態宣言が解除された。毎日、東京での新たな感染者数がニュースになる。昨日感染確認された人数は5人だった。東京も解除が近いとか、まだ早いとか、様々な意見が飛び交っている。

 リモートワークではできることに限界があるため仕事が滞り、数日前から出社した、という友達もいる。4日ほど前、どうしても日光が浴びたくなって外を少し散歩したとき、スーツにマスクという姿の人がたくさん歩いていて驚いた。私が家に籠っているうちに、少しずつ外の世界の状況は変化していたようだ。

 私はというと、相変わらず、ほとんど家を出ずに仕事をしている。買い物も、スーパーではなく深夜のコンビニエンスストアに行くことが多い。都会のスーパーは狭くて混んでいて、売り場の通路も狭く、2メートル以上のスペースを空けて買い物するのはなかなか難しいと感じている。

©iStock

 少し前まで、自分はウィルスを持っているかもしれないと考えて行動することが「正しい」という感覚が東京では一般的だった、と思う。友人たちの中には、「熱があるからコロナかもしれない、でもこの程度の症状では検査は受けられないから、家で大人しくしている」という人や、「3月くらいに変な風邪を引いたけれど、あれはコロナだったかもしれない」という人が何人かいた。私自身も、「今、自分はウィルスをばらまいているかもしれない」と思いながら暮らしていた。大切な人には会わないことが愛情だと思い、家族の顔も当然見ていない。

 そんな生活に、突然「緩和」という言葉が飛び込んできて、戸惑っている。私が一番怖いのは、両親や大切な人に自分が感染させて、失ってしまうことなので、「自分は今、ウィルスを持っていない」と急に信じるのは、なかなか難しい。

 一方で、中高生の妊娠相談が増えているというニュースが大きく報じられ、想像するととても苦しい。ニュースが報道されたとき、SNSでは茶化すようなコメントも多かった。だが性的虐待のケースも多いのではと説明している報道を聞いて、本当につらく、暗い気持ちに覆われた。自粛が始まったときから、家で虐待を受けている子供たちが逃げられなくなっているのでは、という意見があった。「外」に逃げていた子供たちが、今、閉じ込められてしまっているのではないかと思うととてもつらい。ウィルスも怖いが、私は人間のほうが怖い、という気持ちがどんどん強まっている。

※こちらのコラムは南ドイツ新聞に寄稿したものです。

 
村田沙耶香 ©文藝春秋

村田沙耶香
小説家。1979年、千葉県生まれ。玉川大学文学部卒業。2003年「授乳」が第46回群像新人文学賞優秀作となりデビュー。09年『ギンイロノウタ』で第31回野間文芸新人賞受賞。13年『しろいろの街の、その骨の体温の』で第26回三島由紀夫賞受賞。16年『コンビニ人間』で第155回芥川龍之介賞受賞。著書に『マウス』『星が吸う水』『タダイマトビラ』『殺人出産』『消滅世界』『生命式』などがある。

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