少し前まで、私の生活リズムはかなりひどかった。深夜一時に目を覚まし、スマートフォンを弄って新型コロナウイルスに関する世界中のニュースを探す。世界で何が起きているか、きちんと知って、ちゃんと傷つかないといけない、と思っていた。このわけがわからない恐ろしい事態に対して、せめて真摯でありたかった。しかしあまりにつらいニュースばかりで、あっという間に涙が止まらなくなり、お医者さんにもらった精神安定剤を飲んでも効かず、あおむけになってしばらく泣いている。時間の感覚がなくなるくらい長い時間そうしているが、何とか体を起こすことに成功すると、再びスマートフォンを手にとり、今度はゲームのアプリを開く。明るい音楽が部屋に流れ、私はゲームの世界に没入する。

 気を抜くと、また残酷な無数の出来事を思い出して精神がかき乱されてしまう。だが、ゲームはひっきりなしに私に課題を与える。それを必死にこなしているうちに、だんだんと意識がそちらへ集中していく。肉体から精神を取り出し、ゲームの中に置いているような感覚に陥る。それは歯医者の麻酔に似ていて、その状態になっている間だけは痛みがなくなる。私は時折微笑んだり、「うわあ」と声をあげたりする。遮光カーテンで真っ暗な部屋の中、ゲームの課題に疲れ切って朦朧とし、意識を失うように眠ってしまうまで、それは続く。

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 コロナが世界を覆ってしまうずっと前、尊敬している方から、アニメーションや漫画は心のシェルターになると教えてもらって、腑に落ちたことがある。本当に苦しいとき、私はいつもそのシェルターに守られてきた。

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 ゲームに異常に没頭していることを話すと、何人かの友人が自分もそうだと教えてくれた。

 心療内科の先生は、あまりつらいニュースを見すぎないようにとアドバイスしてくださった。何人かの友人が、私を心配して、せめてカーテンを開けて日光を浴びるように注意してくれた。

 今は、夜に眠れるようになり、精神状態は少しよくなった。今も毎日、ゲームをしている。今が何曜日で朝の4時なのか夕方の4時なのかすらわからなくなっていた私に、ゲームは「おはよう」「こんばんは」と私に声をかけ、「時間」の感覚を与えてくれる。

 シェルターをうまく使って、精神を守ること。それは今の自分には必要なことなのではないかと思っている。私は窓を開けて、日光を浴びながら、架空の世界の中に沈んでいく。架空の世界の向こうに、たくさんの人が自分を隔離しながら存在しているのを感じている。

※こちらのコラムは南ドイツ新聞に寄稿したものです。

 
村田沙耶香 ©文藝春秋

村田沙耶香
小説家。1979年、千葉県生まれ。玉川大学文学部卒業。2003年「授乳」が第46回群像新人文学賞優秀作となりデビュー。09年『ギンイロノウタ』で第31回野間文芸新人賞受賞。13年『しろいろの街の、その骨の体温の』で第26回三島由紀夫賞受賞。16年『コンビニ人間』で第155回芥川龍之介賞受賞。著書に『マウス』『星が吸う水』『生命式』『タダイマトビラ』『殺人出産』『消滅世界』などがある。