1ページ目から読む
3/3ページ目

ドラマの中ですら、正しさからの逸脱を許さないのだとしたら

 私は別にその動画が特別かっこいいとか素敵とか思うわけでもないが、こういった気分は良く分かる。私は男に働いてもらって彼の帰りに合わせて風呂を焚き、お疲れ様なんて言う古き良き時代の女房の美しさに心惹かれながら、そうはならないでその憧れを毎日ディオールのクレンジングミルクで洗い流して毎日を全うしているし、昔気質のぶっきらぼうで威張った粋なオヤジに惹かれる気持ちもラッシュのスクラブで擦り落として生きている。

 ところがこの動画に寄せられた感想の一部を見ると「意味がわからない」「ひどい男」などというものもあり、「これは実はサイコパスの話」だとか「子供の死を受け入れられない妻の心の看病に疲れた夫の話」なんていう、本当は怖いグリム童話のようなトンデモ説まで飛び出している。

 妻と必要なコミュニケーションも取らず、仕事だ付き合いだと言って家族行事をおろそかにして、ゴミ出しや掃除すら手伝わず、出張先では美女に鼻の下を伸ばして浮気する男よりも、家事に協力的で思いやりがあり出張先でコックンもゴックンもしない男の方が「正しい」。しかし、別に人が皆「正しさ」を求めて生きるわけではないし、「正しさ」が私たちを救うわけでもない。どちらかというと如何にもこうにも間違っているとわかっているような類のことの方が、時に強烈に魅力的で強烈に救いになったりするわけである。しかし人は人であるが故に与えられた最強の武器こと理性によってなるべく正しい判断をしながら生きている。

ADVERTISEMENT

©iStock.com

 夢でもファンタジーでも願望でもエンタメでもいいが、それらはそういう正しいけれども時として窮屈でつまらない日常を、ドラマチックに補完してくれるものであることは間違いない。そのドラマの中ですら、正しさからの逸脱や理性の放棄を許さないのだとしたら、それはそのまま単にみんなに余裕がなさすぎるような気がするのだ。

 日本より早期に、過度に、甚だしく正しさを是とした、かのポリコレ大国がこのほど選んだのが、女性でも黒人でもニュートラルでも正しくもない、それこそ家父長制の権化みたいなバブルオヤジ大統領であることを思うと、このまま余裕がないほど正しさに縛られたなら、あんまりロクなことにならないんじゃないかと私自身は思っている。